諸刃
昔スケート場で転んで
そこを勢いよく踏まれたのだろう
手の指十本
切断したという話を聞いた
若いころ台風の夜
揺れながら震えながら
風に吹かれながら路上で
遊んでいたトタン板が
突然目にも留まらぬ速さで襲ってきて
寸前で横に逸(そ)れたときは
突風の強さに驚くより
厳しい警告を受けて血も凍る思いだった
楽しいもの
ありふれたもの
諸刃(もろは)の剣
雨風を凌(しの)ぐための屋根や壁は
人を押し潰す圧力であり
バイクは血の気の引いた顔を乗せて
ワインディングロードから
転落する遠心力であり
温泉へ向かうエアコンの効いた車は
ナビゲーションを見なくても
黄泉へ向かう道だけは常に知っている
便利になればなるほど
諸刃の剣は増えてゆき
鋭くなる
油断大敵
油がこの季節
この時代
最も危ない剣の一つではあるのだが
灯油臭い乾燥した部屋で
買い物のレシートをまっすぐに伸ばせば
見るがいい
まっすぐに指を切った
(1999年12月25日)
冬の悲鳴
ひええっ
と細い木が立っていた
寒風に吹かれて
幹は揺れ
枝は震えながら
花も実も葉も落ちて痩せ細った裸のように
でも萎えてはいなかった
裸でもなかった
枝は天空のあらゆる方向を指していたし
幹は樹皮に覆われ揺れながらも
真っ直ぐ上に向かって立っていた
すでに春の訪れを知っているかのように
強(したた)かに芽吹きの準備をしているのだろう
とても冷たい風の強い日だった
気が立っているのか萎えているのか結局
ひええっ
だけが私のものだった
(2000年02月07日)