Oさんへ
明るくて働き者で
負けん気の強かった君
僕は面倒が嫌いで
そっけなくて優柔不断で
精神科医というには程遠く
とうとう病人になってしまった
僕が休みはじめた頃
「いいですね、医者は」
まだ君の病気の再発を知らなかった僕には
あの一言は、きつかった
正直言って
僕のことなんか馬鹿にしていると思っていた
君が僕に向ける笑いは
どこか皮肉めいて
僕も同情などして欲しくはなかったし
君の働く姿と
病気と闘う姿にだけは
それなりに敬意を抱いて
もう何も役には立たないけれど
利用できるところがあったら利用したらいいと
結局、僕が君に贈ったのは
パソコンの旧式のプリンターだけ
ある日君は僕の自宅まで訪ねてきた
話はプリンターの使い方について
また皮肉の一つも言われるのかと思った
不甲斐ない僕に
君はあの日の去り際
あのときだけ
君らしくもない
今まで見せたことのない
不思議なくらい
やさしい笑顔と挨拶を向けて行った
えっ?と内心
僕は挨拶代わりのよそよそしい
笑顔のままこわばって
急に外れた車輪のように
路面を失って行き場もなく
そのまま走っていく車を
君、あの…
声に出せないまま見送ってしまった
あれからいくつの季節が過ぎた頃だろう
あの日が最後だったと知った
思えば君が一人で僕を訪ねたのも
あの日が最初で、結局最後だった
君はあのとき初めて
僕を患者として認知したのだろうか
患者さんにはやさしかった人
最後の最後になって
まるで天使(エンジェル)のような
何の邪気もない笑みを
君は僕の一生に残していった
印象はますます強いのに
形の記憶は薄れていく
それが頭ではなく心に残ることだと
自分に言い聞かせても
僕に君を語る資格はない
それだけ心に刻んで君の形にさよならするよ
あの時の君の微笑の
消えようもない
印象といっしょに手を振るよ
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もうずいぶん昔の話しになってしまいました・・・(ため息)