インフェリオリティ・コンプレックス  戸田聡
 
駄目ですね
いけません
よね
寝込んだまま動かないのは
この寒さに
やられてしまったのか
まだまだ捨てたものではない
いっぱい注(そそ)ぎたいはずだ
鼻のまわり頭の後ろ
痒(かゆ)くなってきた
体やっと起こして
洗面所へ歩いていく
頭から水をかぶる
油膜を洗い落とすように
何度も何度も
顔を洗う
ぷふぁ~っと顔を上げる
鏡の中の顔
目が二つある
鼻も口もある
その配置が人並みより
多少ズレているとはいえ
まんざら捨てたものではない
いっぱい水を浴びたはずだ
痒くなくなった

明日は成れるかもしれない
成れないかもしれない
人間に似ている
 
(2001年01月02日、HPにアップ)
 
 
  一枚の写真
 
若い頃の私の顔
写真の中の
とりわけピントのぼけた
青年よ
私はその一枚が好きだった
しかしその微笑よ
お前があまりに狡(ずる)かったので
想い出になることも
死ぬことも許されず
この顔になった
老いへの無知が傍らで狂乱している
かつての青年よ
この顔に対して
私は殺したいほど
抱きしめたいほど両価性だ
 
(1997年4月19日、HPにアップ)
 
 
  吠え面たち        戸田聡
 
吠え面ばかりが集まってくる
そんなに負けてきたのか
負けた者たちばかりなのか此処(ここ)は
私は吠え面です
私の顔は吠え面です
と言いながら
そのくせどこか
みんな顔の造作を間違えている
顎を外して叫ぶ様(さま)であったり
涙のつもりが洟(はな)垂れであったり
涎(よだれ)を垂らしていたり
笑うかのように歯を剥(む)き出した顔もある
みんな泣き損ない吠え損なっている
そして真っ黒な鼻の穴から
口臭だろうか臭い煙が
顔中の毛穴という毛穴から
糞尿のような臭い汁が噴き出している
かわいそうに
よほど酷(ひど)い負け方をしたのだ
みんなおいで
もう独りじゃないんだ
みんなで顔を整えて強くなろう
するとこちらを向いた一人が言う
あんたの顔
さっきからクソ吐いてるぜ
いちばん不潔だぜ
いちばん不細工だぜ
あんた間違ってるぜ
 
(2000年12月11日、HPにアップ)
 
 
  私の顔          戸田聡
 
私には三つの顔があった
クリスチャンの顔
医者の顔
病人の顔
もっとあったかもしれない
いや全部こわれたかもしれない
私は私の顔が嫌いだ
私が住んでいるのは
孤島であり
町であり
訪れる人といったら
セールスか集金の人ばかり
ああ 人だかり
の中の一人
顔に凄(すご)む人間
顔に和(なご)む人間
人間の顔
あるとき不意に現れ
忙しく変わる
恐ろしく歪む
疲れた
使われすぎて
もう何も表情がない
色もなくなってしまったのだ
と あきらめかけて
また不意に現れて
その人を表わす顔
その生まれ付きのために
こんなにひどくても
私の顔は
二度とないもので
誰にも渡せないことになっている
 
(1997年1月31日、HPにアップ)