薄いとき
 
今日は少し薄いな
と意識しながらバイクに乗っている
ハンドルがあってグリップがあって
そこへ伸びている手は私のだ
私の手だ
と意識する分だけ薄い
手も足も運転はしている
のだが前の車の後を
ついて行っているだけみたいで
ときおり冷たい風が吹いてくると
少しは違ってくるのだが
今まで事故や病気で少なくとも三度
意識を完全に失ったことがある
ぼんやりすることならもっと多い
発熱のとき
眠る直前や目覚めた直後
睡眠不足に上(うわ)の空
でも意識障害や注意力の問題とは違う
今がいつで此処がどの辺かは分かる
医学的には意識清明
眠気もない
しかし何となく薄いのだ
と意識する分だけ清明で
と意識する分だけ薄弱だ
空回りか渋滞か
脳の仕組みのどこか
そしてどこかに希薄な境界があって
そこから表に出ている薄い私が
今は橋を渡って行く
 
(1998年10月22日、HPにアップ)
 
 
  忍び寄る欠損
 
しのびよる寒さに
冬眠したがる脳を叩き起こそうとしたとき
ふと去っていった
それはまるでつい今の今まで
辛うじてしがみ付いていた
羽根か花びらのように
 
もったいない温もりを
また一つ失ったようで
ペンを転がし戻してはまた転がし
時間をつぶし空白を広げる
一画欠けた人間を
問うても問うても人は人
足りないものは足りないのだ
 
(1998年11月1日、HPにアップ)
 
 
  せぞくのカネ
 
「せぞく」の「ぞく」を離れ
「せ」に「せ」を向けた若者が
「せ」ばかり伸びた若者が
いくら鐘を叩いても
音叉を逆さに持って打つようなものだった
「せぞく」の「せ」を捨てて
「ぞく」ばかりに集(たか)る罪人が
「ぞく」ばかり食べる罪人が
いくら金を唸(うな)らせても
死亡時保険金を数えるようなものだった
かつて生まれたばかりの赤子の
しわくちゃな顔が伝えたもの
いつか死に際に見る幻に
開いたままの瞳孔が映すもの
語らぬものが示すもの
その間の張り詰めた皮膚の裂ける音
語るものが示さぬもの
その間の強張(こわば)る筋肉の擦れる音
示さぬものが語るもの
いくら遡っても手繰(たぐ)れるのは
錆びた今自身の声
いくら鐘を鳴らそうとしても
鐘の中で金の響きに耳を病むばかり
己(おのれ)を問うほど虚しいことはない
ゆえに問えと
 
(1999年01月08日、HPにアップ)