履き物
 
スリッパは
履く人の足になじむほどに
柔らかくなり汚れてきて
つぶれたり破れたりした
靴はいっときの化粧のように
磨かれて光沢を放つが
なじむほどに皺が増えたあげく
裂けて笑ったりもした
 
おおかた人の寿命よりも短く
人の重さを背負いながら
なじんだ末に捨てられる
のはまだいい方で
なじむこともなく
ある日下駄箱のもう片方を開けると
埃をかぶったままの
硬い顔が並んでいた
 
(1997年5月31日、HPにアップ)
 
 
  過ごし
 
佇んでいるつもりでも
飛んでいたり
歩いているつもりでも
回っていたり
走っているつもりでも
それが自分じゃなかったりする
 
起きているか
眠っているか
集中しているか
散漫であるか
何かしているか
何もしていないか
いや何か思っていた
何かしていたはずなのに
比べようもない
永遠からやって来たような
長くするものがあり
短くするものがある
何もかも思いのほかだった
私は過ごしていたのか
私が過ぎていたのか
 
この二年はまるで
まばたきする間だったのに
あの二十分は
まだ終わってさえいないんだ
 
(1996年11月30日、HPにアップ)
 
 
  私の分
 
私はもう何もしなくていい
広い空も青い空も遠くていい
私は物乞いはしない
でも乞食でいい
ここでひび割れていればいい
秋は窓近く佇んでいる分だけで
若い光を少し恵んでくれた
小鳥はカーテンの向こうから
朝のさえずりを誰かに与えながら
身近な空を切り分けて風に似せてくれた
私はもう何もしなくていい
遠くでざわめく予感のような流れの合間に
耳元で舞っている塵の分だけの
冷気の苛立ちと
星屑の痛みをほんの少し
入れることのできる器であればいい
 
(1996年ごろか)
 
 
  遥かに得たもの
 
四角い風船に乗っていました
確か子供のころはそうでした
誰かが吹いたのです
過ちなど何もないと
四角でよかったのです
乗っていたでよかったのです
計る必要などないのです
過ちなど何もありませんでした
今はもう乗ることも
引かれることもなくなっても
何も失ってはいない
一度だけで充分でした
静かに手に入れたはずなのです
身の内にも外にも
風船の自在な中身だけを
 
(1998年1月4日、HPにアップ)