死ぬこと殺すこと・猫
 
夜の街の二車線のバイパス
猫が道を渡り始めた
途中で気づいたらしい
私がオートバイで近づきつつあった
猫は戻ろうとした
私はその反対方向に避(よ)けようとした
すると猫は急に私と同じ方向に
猫も避けたつもりだったのか
ブレーキは間に合わない
さらに避けたが猫もすうっと寄ってきて
私の足の爪先に鈍い衝撃
かろうじてオートバイの車輪は
猫を轢(ひ)かずに済んだが
私の足が猫の頭を直撃した
力が抜けたようにスピードを緩めて
バックミラー
猫は倒れていたが
徐(おもむろ)に立って
また道を渡り始めた
後ろから大型トラックが近づきつつあった
 
今更どうなるものでもなかったが
翌日その付近を探してみたものだ
血痕も肉片も猫の屍も見つからなかった
昨夜の猫の姿も分からなかった
 
(1998年6月17日、HPにアップ)
(猫は、しばしば変な動きをします)
 
 
  スポンジ
 
すかすかの空っぽの穴だらけ
穴と穴のぼろぼろの
隔壁だけで出来たような
スポンジ
この歳で記憶も能力も
スポンジでは救い難いが
もし老境というものがあったら
スポンジはわるくない
灰白色の粉(こ)を吹いたような岩
の頑固さは好まないし
暗赤色のどろどろの腐肉の上に
肥大した口だけ生き残りました
と周(まわ)りを皺(しわ)だらけにして
粘性の臭い唾液を撒(ま)き散らし
世間にしがみつく老醜はもっと嫌だ
スッポンでもスッポンポンでもなく
海綿でもなく
スポンジ
という響きのまま
スポンジになって
くしゃくしゃにされても
ずぶ濡れになっても
やわらかい弾性でゆっくり乾いて
台所か風呂場の隅(すみ)に
にんまりと坐(すわ)っていたい
 
(1999年01月10日、HPにアップ)
 
 
  メッキは剥がれて
 
板よりも紙よりも細胞膜よりも
薄いスチールをメッキして
それに塩水をかけてゆく
成長と老化
剥(は)がれてゆくメッキの中は
恐らく醜(みにく)く見にくい
好きになれない自分のために
メッキは錆びて剥がれて
ボロボロになりながら
時々そっと中身を垣間(かいま)見せる
人を愛するためには
まず自分を好きにならなければ
と多くの人が言う
でもどうしてもやってしまうなら
自己嫌悪
それは愛すべき高さを持っている
 
(1999年03月15日、HPにアップ)