貯え
 
灯油缶を持ち上げるときには
特に二缶持ち上げるときには
缶が真横に来るように
二つの缶の間に立って
足を少し前後に開いて
膝を手が取っ手に届くまで曲げて
取っ手をつかみ膝を伸ばし
垂直に持ち上げる
間違っても体の前方で
力任せに持ち上げるのだけは止めておく
そう決めたのは
治らない腰痛に気づいてからだった
今では洗面所で前屈(かが)みになって
髪を洗っているだけでも痛い
灯油缶を持って階段を上るときには
膝を大げさなくらい高く上げる
そう決めたのは
体重+灯油の重さの感覚を誤って
上げたつもりの膝が充分に上がってなくて
いい加減に踏み出して爪先を引っかけて
階段で躓(つまず)いてからだった
若いつもりの無理と懶(ものぐさ)が積もって
病気が振り込まれ
健康が解約されてゆく
満期になってからでは遅いのだが
今でもそれに近いくらい遅いのだ
神経や筋肉だけでなく
その中枢が
 
(2000年03月11日)
 
 
  夢の日
 
夢の日を
遠く見つめて
狭い展望台の
岩場に立つ
私はこんなにも軽い
浮雲
浮草
シャボン玉
ああ虹色よ
打ち上げられた
貝の殻
 
(1997年12月1日)
 
 
  夢の花
 
好きな花は
ヒヤシンス
というより
好きな花の名は
風信子(ヒヤシンス)
風(かぜ)信子(のぶこ)さんではない
好きな名は
むしろ「ふうしんし」「ふうしんす」
と呼びたいくらい
風媒花でもないのに
風信子
子供でもないのに
風信子
ヒヤシンスに当てられた漢字
それは叶(かな)わぬ夢
風の子になって
風の便りを伝えたい
風に乗って
信じられる通信の
飾らない素子になりたい
 
(2002年02月28日)