偽りの時間
 
巷に時間を売る商売の流行るころ
深緑の儒学の森を歩いて
樹木のまばらな所を見つけて
根っこに腰掛けた
地面が枯れ葉に覆われているのを
おかしいとも思わないで
拾った汚い画集を
逆さと気づかないまま
ゆっくり開く動作をしながら
吸えるだけ空気を吸った
そして死なずにいてくれた人たちのために
用意することのできなかったものを
死んでしまった人たちのために
背負うことのできなかったものを
偽りの指で数え始めて
呟く ごめんよ
まだ何気ない一言で
壊れてゆく人がいる
戻れない洞窟もたくさん残っている
ボンベが閉められたらしい
この森についていえば作り物かどうかを
誰も知らずに来ている
巷の時間を買えなかったんだ
 
(1997年4月23日)
 
 
  退行
 
行き詰まったときには
壊してしまうこともあるが
退行することも多い
子供になる
無精髭を生やした子供
おぞましや
そのとき何処にいる
母の胎内か
揺りかごの中か
宇宙へ連なる
浮遊か
意外と墓場にいたりもする
杖をついて
 
(1997年4月19日)
 
 
  癒しの旅
 
注ぐものもなく取りあえず
のように向けられる眼差しは
何も見てはいない
瞳ではなく腹に落ちて
目まいと嘔吐を催すだけだ
約束処方の湿布のように
肩にそっと置かれる手は
一滴の血も流してはいない
背負いたくもない借り物の
荷物になってぶら下がるだけだ
どこかで聞いたような
台詞のまま動く唇は
何も語ってはいない
逃げ際に配られたビラに
口を塞がれるだけだ
覚えがある
この目から手から口から出ていって
お返しに戻ってきたものだ
吐いて払って裂いて
その挙げ句
あきらめよう
と言ってしまった
ある日を
葬り去るために
恐れるな
と言える日は
恐れに身を震わせながら
受けることも捧げることも
拒みながら待ち望みながら
誰のためにも路程を残さない旅だ
 
(1997年4月19日)