ものごころ
 
刀を振り回して叫びながら走っていた
通り魔というわけではない
最古の記憶
よほど欲しかったのだろう
おもちゃの刀を買ってもらって
喜びの雄叫びを上げながら
路地を走っていたようだ
 
ものごころ
物心と書く
「ぶっしん」とも読めるが
物が分かる心
心に残ることでもあるだろう
記憶の発達ならば
まだ記憶力も弱かった頃だ
記憶の錯誤かもしれない
脚色されているかもしれない
それ以前にも出来事はあったのだから
それ以前の記憶を
想起できないだけかもしれない
さらにもっと前の
原始の記憶が眠っているかもしれない
 
叫びながら刀を振り回して走っているのは
曖昧な記憶の中の子供か
雄叫びの刀を振り回して
よほど欲しいのだろう
衰えた老人の物心か
 
(2011年02月25日)
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こんなことを考えながら過ごしておりました。
昨日57歳の誕生日、・・・喜べ、天国は近づいた(苦笑)。
 
 
  胎児の記憶
 
どこかに残っている
原始の思い
何も問われず
あるものに手を伸ばし
満ち足りて
横になっている
 
どこかに残っている
胎児の記憶
力なく
目を閉じて
うずくまり
まるく 浮かんで
与えられたものだけによって
ゆっくり
回転する
地球のように
 
何かに抱(いだ)かれて
好きなだけ眠っていたい
そんなときにはひょっとして
かすかな胎動のように
かくされた記憶が
小さな命の歴史を
宇宙へ連なる道へ
いざなうのかもしれない
 
(96年か、それ以前)
 
 
  あしたはいらない
 
あしたは いらない
きょうは すてました
ひとこと
もう おわりました と
いってくれればよいものを
わかれることに まよいはない
だから なにも いわない
しずかに おりてくる
きり の なかに
まなざしを おとして
つらい ことば と
そのあいだに あるものを
たえるから
なにも いわない
たれのせいにも しない
たれも にくまない
たれも あいさなかったから
わかれるときまで
あしたは いらない だから
あしたを
すてたり
しない
 
(96年か、それ以前)