信仰者の感謝
 
 
感謝だけでは
信仰は語れない
 
感謝する人の
善い話と
感謝しない人の
善くない話だけでは
信仰は語れない
 
感謝できないこともある人の心
 
人の心に触れ
人の心を通して
人の心を考えなければ
神の下にある人の信仰は語れない
 
悲しみから仰ぎ祈り求めるところから
信仰は始まるのではないのか
 
救われたという体験によって
すべてが感謝に変わって
そのままの感謝が一生続くだろうか
 
幾つも幾つも躓(つまず)きの石があり
何度も何度も躓いては
跪(ひざまず)く
その危うさを知っても
なお信じることに帰るしかないのだ
 
信仰者の感謝は
安定ではない
安定を装うことでもない
 
傷だらけの人として
帰るところに
待たれているという信仰ではないのか
 
(2011年06月29日)