前に書いたことを再編集して投稿します。
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  憲法改正についての危惧
 
憲法改正には危惧感を抱いています。
どちらかと問われれば私は反対です。
憲法改正をするのであれば自衛隊を作ったときに
改正すべきではなかったか・・と思いますが、
しかしそれは出来ず、
拡大解釈をもって自衛隊を正当化し、
さらに海外派兵に至っている。
 
私は自衛隊に反対しているのではありません。
文民統制の取れた自衛隊については
専守防衛の軍隊として必要だと思います。
それは現行憲法のままでも可能です。
 
憲法の拡大解釈という前例を重ねてきている
というところに危惧を覚えるのです。
 
改正された新憲法が、
さらに拡大解釈される恐れがあるのではないか
という危惧なのです。
 
さらに憲法を改正すると、
憲法を改正したという前例も作ってしまいます。
 
前例があるということは
裁判においても政治においても
大きな影響を持っています。
 
考えて欲しいのです。
日本が失ってはならないものについて・・
 
現行憲法も、さらなる拡大解釈の恐れはあります。
しかし自衛隊の派遣も後方支援に留めたり、
人道復興支援という大義名分を付けなければならないほどに
ぎりぎりの解釈のところまでは来ているように思われます。
 
憲法が改正されたからといって
すぐ昔の軍国主義的な国に走ることはないでしょう。
しかし何十年~百年というタイムスケールで考えた場合、
さらに、内的外的を問わず、
何らかの大きな危機的状況や混乱状態が加わった場合など、
為政者も国民も世代が代わった頃になるでしょうが・・
現行憲法のブレーキはもはや利かないわけです。
とんでもない為政者が現れて
「平和を乱すものに武力による制裁を下すことは
 貿易立国日本にとって自衛権の行使である」
のようなことを言い出し、大衆を煽りながら、
戦争しやすい国へと変えてゆく危険性というものを
問題提起しておきます。
 
その変化は少しずつかもしれないし、
場合によっては急激に訪れるかもしれません。
 
50年~100年~先のことを
保証することは誰にも出来ません。
しかし、
50年~100年~先のことを考えて、
今いかなる種を蒔くべきか、
今いかなる種を捨てるべきか、
この判断は、
まさに今生きている私たちの責任であり義務なのです。
 
考えて欲しいのです。
そろそろ改正してもいいでしょうとか、
外国がどうだからとかによるのではなく、
日本だから固有に守るべき節操の芯について・・
 
(2013年05月07日、再編集)