聖と俗
 
 
聖と俗を区別して
聖に生きよと言う者たちに騙されないでください。
 
人は聖に生きることは出来ないのです。
人が語る聖は人の作り物です。
 
聖霊に従えという者は
無思考を勧めているだけなのです。
 
反対意見を聞かず
自分の話だけを信仰として語る者は
自分信仰者に過ぎないのです。
 
罪を犯さないように戒める者は
自分の罪に気づかない者たちです。
そして傲慢によって罪に罪を重ねているのです。
 
信仰の原初において
罪を犯している自分に気づいてください。
そこから始めなければ
信じることの罪に気づくことも出来ません。
 
考えてください。
自分で考えてください。
無思考を勧めるものに従わないでください。
 
解釈を解釈に過ぎないものとして語るのではなく
奇跡を経験に過ぎないものとして語るのではなく
神に結び付けて、
あたかも信仰のように語る確信に従うのは、
決して信仰ではなく、
人に隷属することに他なりません。
 
この世に巣くう自分信仰に従えば、
この世に巣くう自分信仰者になるだけです。
 
羊は比喩なのです。
愚かな羊を飼うように
人を導こうとする者から離れてください。
 
考えてください。
自分の原初からの信仰の罪について
どうか自分で考えてください。
 
誰にでも与えられている人知を
人への隷属によって無駄にしないでください。
 
信仰の罪の自覚に生きる恥ずかしさによってのみ、
いかなる運びであれ、
救いを待ち望む信仰のうちに
生涯を終えることが出来るのです。
 
考えてください。
自分で考えてください。
どこまでも俗の肉の人が
聖なるものを信じる罪と恥ずかしさに気づいてください。
 
人は決して聖ではありません。
 
 
(2013年06月23日)
(2013年12月18日、一部修正)