イメージ 1
 
今のこの国に、ある種の混乱と詭弁と、きな臭さを感じる人はいないのだろうか。
 
 
  憲法改正による集団的自衛権と
  「積極平和主義」についての疑問
 
 
「積極平和主義」の「積極」は
集団的自衛権を意味していると思われる。
 
憲法を改正して集団的自衛権を認めてしまった場合、
「権利」だから場合によっては、
放棄することも拒否することも出来るという意見があるようだが、
 
その場合、
憲法を改正して我が国自身が国是としてしまった集団的自衛権の行使を、
アメリカなどから要請があった時、
アメリカとの力関係において拒否することが出来るかどうか。
戦場から離れたところでの机上の空論になりうるのではないか。
 
もし先制攻撃作戦を含む場合、
(アメリカは多くの戦争の場合そういうやり方だ)
他国が参加するときに
日本は「私たちは先制攻撃はしませんから」と言って
撤退することが出来るだろうか。
 
現場の自衛隊が
参加する他国軍から臆病者とか腰抜けとか言われる可能性があるのではないか。
そのとき国の命令によって撤退する自衛隊員は辛い思いをすることになり、
我慢できずに独断で参加してしまうことが決してないと言えるだろうか。
それは文民統制が取れなくなってしまう切っ掛けになりはしないか。
 
また自衛隊員か日本人が人質に取られた場合、
人質救出作戦は紛れもなく一種の先制攻撃作戦である。
 
もし日本も先制攻撃を可とするということなら、
多国籍軍とはいえ、結果として、
世界のあらゆる紛争において日本が先制攻撃を仕掛けることになり、
もはや自衛でも平和主義でもなくなるだろう。
 
アメリカが多くの国を引っ掻き回しては
恨まれてきたのと同じ目に
日本も遭うことになりはしないか。
そういう危険を考えてほしい。
 
「集団的自衛権」と「積極平和主義」は詭弁に思えてならない。
憲法改正に反対する理由の1つである。
 
「平和を乱すものに軍事的制裁を下すのは自衛」
このような大義名分は、いつのどこの戦争でも捏造されてきたのである。
 
イメージ 2

この国を黒雲が覆いつつあることを危惧する人はいないのだろうか。
 
 
(2013年10月13日)
 
 
コメントより : 「人質」という言葉遣いに関して
人質事件とは、人質を用いて何らかの要求を人質の親族や国に要求するもの。
ということで、私の言葉は厳密性を欠いていたようです。お詫びするとともに、
ここでは
敵性他国に囚われた場合を広く指して書いております。
ですから、人質、捕虜、拉致被害者、も同様という文脈です。
いずれも条件交渉が可能な場合と不可能な場合が想定できると思います。
また、
この記事では国内の人質事件については触れておりません。
記事のテーマと文脈から明らかなように、
集団的自衛権という対外的な事柄について、反対の立場から、
また「積極平和主義」という言葉について、リップサービスにとどまらず
曖昧~危惧するべきものとして私の意見を書いています。
 
(2013年10月17日、加筆)