1997夏・・雛・・続き・・(2)
 
 
  暑い
 
顔に皮が張り付いて
少しずつずれていく
にじむ足取りで
目線が濁り始める
耐えることは愚かで
拭うことは卑怯で
罪悪の糸がゆるく伸びて
どこへ向けようもない殺意が
狭い遊び場を探す
指に噛みつき糞を浴びせる雛鳥を
壁に叩き付けようかと捕まえて
手の中のあまりに小さい温もりに
手は泥人形の手
泥人形は泥になる
泥の命は誰に任されている
全ては未定のまま歩きだす
小鳥のように飛び交うテニスボールが
はね返す澄んだ涙腺に
どこへ向けようもない沈黙が
皮ごと顔を拭い隠す
 
 
  引きこもる雛
 
チーよ
お前の気持ちを察しかねて
お前がやたら噛みついたりするから
どついたり叱ったりもした
恐れたのか
お前は羨ましいほど早寝早起きで
私は不眠・夜更かし
明かりを嫌ったのか
冷房が嫌だったのか
お前は二階の蒸し暑い部屋に
引きこもってしまった
餌を持っていって部屋の入り口に置く
しばらくすると餌が減っている
自分で食べれるようになった
飛ぶのも逃げるのも上手になった
ときどきカーテンや壁に
張り付いたりする 蛾みたい
お前が引きこもったので
糞と餌で汚れた一階のテーブルまわりを
掃除できたのも事実だ
お前を拾ったことに悔いはないが
しょせん鳥のしつけは私には無理だった
 
最近は閉じたカーテンと
閉めた窓の間に居ることが多い
外の鳴き声を聞いているのだろうか
外へ出たがっている?
部屋に閉じこもっているが
家に閉じ込めてもいるのだ
そろそろ窓を開けて
外に出してやる時期が来たのだろうか
外はきびしいぞ
私は出たくない
出したくもないが
一生
というわけにもいかないし
お前は部屋に引きこもり
私は私で引きこもる
お前の気持ちを察しかねて
私の気持ちを察しかねて
決しかねて
 
 
  御先祖様
 
今生きているということは
御面相も死に様も
生き様も知る由もないが
明治・幕末・江戸・
安土桃山・戦国・
室町・鎌倉・
平安・奈良・飛鳥・
弥生・縄文・
もっと前
そしてもっと前
どの時代にも
直系の先祖が必ず
今生きているように
生きていた
雛よ
お前の先祖も
 
 
  鳥か雛か
 
図鑑を探してみる
色とりどりの小鳥たち
こんなに奇麗じゃない
色がはっきりしない
外観は雛とは言いがたいが
まだ小さい 少し痩せたような気もする
頭部は刈らずに伸びた坊主頭みたいだ
若鳥だからか
翼に羽毛の抜けているところもある
生え変わる抜け毛か 病気か
雀の子か お前は一体何なんだ
 
あるとき雛は
もう雛ではない
とでも言いたげに部屋の入り口の
開けっぱなしのドアの上に佇んでいた
こちらを見ようともしない
近寄ると
用はない
とでも言いたげに部屋の奥へと飛んだ
もう忘れたのだろう
私が毎日餌をこねて運んでいることなど
それでいい
奴隷のように餌を運ぼう
私はお前を閉じ込め
何も教えることができないまま
窓辺をお前の世界の端にしてしまった
いずれ窓を開けるときが来る
うっかり飛び出すであろうお前の
そこからが痛々しくも自由
鳥であるか雛であるかを試される世界だ
この小さい家を住処(すみか)とするだけの
私の手はもう届かない
お前を解き放ったのち
雛の死骸を見ずに済むことを祈るだけだ
 
住みにくい狭い部屋から
喜び勇んで飛揚してくれ
窓が開けられるそのとき
多分この梅雨が明けて
お前がもう少し鳥らしくなったころ
 
 
  窓辺の雛
 
私の先祖は
お前の先祖を食ったかもしれない
寄ろうとすると逃げる
羽が一部抜けている
今日は餌の減り方が少ない
少し痩せてきたか
狭さゆえのストレスか
外に出たいのか
しかし今のまま外に出たら・・・
いつ窓を開ければいいのか
 
お前の先祖は
私の先祖の屍をついばんだかもしれない
それはいいとしても
わるいとしても ともかく
落ち着かない
糞だらけの
窓辺
またどこか行った
 
 
・・(3)(4)に続く・・