1997夏・・雛・・続き・・(3)
 
 
  放たれた雛
 
雛は鳴かなくなった
体も大きくならない
三種類の餌もこう散らかっては
どれだけ食べたかわからない
外の雀と比べると
一回りも二回りも小さく
羽毛は配色も乱れ一部ささくれ立って
どう見てもみすぼらしい
それが心配で飛べるようになってからも
家に閉じ込めておいたのだが
私が行くと逃げ回るばかり
そんなに逃げたいのなら
と窓を開けた
すると雛はもう一つの窓の
カーテンの裏に隠れてしまった
それでもうしばらくは部屋の中で
様子を見ることにしたつもりだった
翌日 暑かったからか
おまえの部屋に近づくと蒸れて
鼻につく臭気のためか
私は急に気が変わって窓を開けた
お前を捕まえ
あんなにも易々と捕まってしまうお前を
窓辺に置いた
そして二メートルほど離れて
お前がどうするかを見た
右の段ボール箱の方へ逃げるか
左のカーテンの方へ逃げるか
そのとき何故か外へ出ることと
それが何を意味するかを
真剣に考えていなかった
お前はしばらく部屋の方をキョロキョロ眺め
外を眺めた
そしてピクッと身をかがめ
飛んだ
滑空して向かいの家の
一階の窓の廂(ひさし)に止まった
頑張れよ
と抑揚のない声で呟いて
しばらくそのまま立っていた
それから餌を少し窓の外に置いて
表情というものを忘れたように
数時間ののち窓を閉めたときには
もうどこにも雛の姿は見えなかった
お前は自分で外を選んだのか
うっかり外に出てしまったのか
私を恐れて飛び出したのか
うっかりしていたのは私の方だった
慎重に計画して予定を決めるはずの
一度しかできないことを
私はその日そのときの
気まぐれでやってしまった
 
もともと野鳥のお前を
一生養うつもりはなかった
しかし一時的な保護でも
鳥カゴは買うべきだった
どの種類の餌をどれだけ食べたかがわかる
羽毛の生え具合もじっくり観察できる
部屋の糞と臭いに悩まされずに見ていける
今考えられる反省はそれだけだ
すでにお前は猫の腹の中なのか
空には鳶もいた
どこかで飢えているのか
仲間に会えたのか
一度は見捨てられた雛
野生から遠ざかっていたお前は
仲間に殺されることだって
ないとは言えない
死んだら私を恨むがいい
そんな月並みなことを言ってみたって
それでも日干しになって死にかけていたのを
一か月以上生かして・・・
生かしておきながら
 
私の垢のような慈愛と善意は
容易に偽善と悪意に変わる
私の眼の色は容易に変わる
しかもどちらかではなく
しばしばそれらは混ざり合っている
私の眼の色は容易に濁る
 
曇った眼に何の覚悟もなく
弱肉強食の自然淘汰で
営まれている動物の世界に
うっかり干渉してしまった私の中を
悔いとも怒りともつかぬ渦が回っている
その重さを今日も引きずり
あれから三日目
おまえの生きている姿も
死骸もまだ見ていない
 
 
  別々の同一性
 
雛のお前がまだ飛べなかったころ
私の指が握っている箸から
嘴を菱形に大きく開けて
餌を受け取りながら
一方で私が餌を準備しているあいだ
指に向かって小さい翼を広げ
ふるわせていた滑稽な姿
私の指を敵と見なして
威嚇しているつもりだったのか
後々逃げ回ったところをみると
どうやら箸と指と
私の顔や声は
お前にとって別々の生き物だったらしい
箸で咽の奥まで餌を突っ込んでいたから
ついには箸も敵になってしまって
今ごろになって思い出し
勝手に解釈している私も滑稽だ
立って腕を左右に広げてみる
ふるわせる代わりに
足腰をひねったり回したり
体の端から端まで
自分であることを確かめるように
あちこち痛い
筋肉がつる関節がきしむ
バラバラになりそうだ
使ってないところがたくさんある
思い出せないことも
これから思い出すことも
お前のことだけではなく
きっとたくさん
悔いるために
恐れるために
恐れないために
 
 
(以上、1997年06月~07月ごろ)
 
・・ちょっと余計な(4)に続く・・