後に思ったことなど2題・・雛(4)
 
 
  空白の時間
 
 空白の時間は一羽の雀の干からびた屍骸が散らかって足の踏み場もないこの部屋のどこかに転がっている確率を示す、と同時に雛から小雀になるまで人に飼われ鳴けなくなった雀が野生に帰って生き延びられる確率をも示している。
 去年の夏、玄関先のコンクリートの上で日干しに成りかかっていた雛を拾い小雀になって飛べるまでのあいだ飼っていたことがある。チーチー鳴くからチーと名付けた。はじめは大きく菱形に開いた口に丸めた餌を落としてやればよかった。
 羽毛が生えそろい嘴らしくなったチーの口が大きくは開かなくなり、なおかつ未だ自分で啄むこともしなかった頃、割箸を薄く削って餌を付けチーの咽(のど)深く押し当てて食べさせていた。チーは足をばたつかせ滑らせ体を振ってもがくのだが咽は割箸で固定されているので動かせず嫌がるくせに終わるとまた餌を要求して口を開けた。他に餌を与える方法を思い付かず半分はチーの仕草を面白がってもいたのだ。その頃からチーが鳴かなくなったことに気付きもしないで。
 飛べるようになってしばらく経ってからチーは二階のこの部屋にこもるようになった。毎日この物置代わりにしていた部屋の入り口に餌と水を運ぶのが日課になった。夕方見ると量は分からないが啄んだ形跡があった。呼べば飛んで寄ってきたチーが呼んでもカーテンと窓の間に隠れるようになった。限界だと思った。
 窓辺に置いたチーが一度こちらを向き首をかしげるような動作を見せたのち再び開けた窓の外へ向き直りぴくっと低く身構えてから飛び出したのは確かに見た。しかしそれから、もし戻って来たときのためにと夕方までの数時間、窓を開けたまま一階に下りていたのだ。死にかけていたところを助け死なせずに済んで少しは善いことをしたような気分で。
 夕方二階へ行き呼んでも鳴き声も羽音も聞こえないことを確認して窓を閉め今日に至っている。しかし鳴けないチーが慣れない外界に疲れきって残る力を振り絞って戻ってきて羽音を立てる元気もなかったとしたら。
 外に出ていたとしてもチーは虫の捕(と)り方ひとつ学習してはいない。しかも鳴けないチーが野生の群れの中で生きられる時間は。再び鳴けるようになって仲間を得て生きられる確率は。助けたといっても自然界の掟にいたずらを仕掛けたに過ぎなかったのだ。
 後日チーと同じくらいの小雀が玄関近くの電線に二羽止まっていた。どちらかがチーであってくれたらと願わずにはいられなかった。空白の時間は今でもときおり訪れてこの部屋の前で足を竦(すく)ませる。もはや出来ることといったら糞で汚れ入り口には去年の餌がそのまま置いてあるこの部屋を片付けようとしない不精を決して空白の時間のせいにしないことだけなのである。
 
(1998年11月21日)
 
 
  深夜ふと
 
それでは駄目だと思わなければ
何も始まらないぞ
 
髭は剃らない
顔は洗わない
風呂には入らない
原始の生命に戻る
食えば眠る
突然目覚める
(目覚めはいつも突然だ)
 
日干しになりかけた
雀の雛
拾って
夢中で餌をやった
腹が減ると鳴く
食えば眠る
一九九七夏
無力な命と向き合った日々
不器用な慈愛が痛かった
 
ああ深夜
それでもいいと思わなければ
何も生まれてはこないぞ
 
 
(2005年04月26日)
 
 
・・1997夏・・雛の話、・・私らしく?気味悪く終わります・・