妄想
 
 
食事は肉体を支えているが
食事は正気を支えていない
 
正気は妄想が支えている
 
何かを行ったとき
束の間
良い気分になるのは
何か妄想が生まれているからだ
 
達成感ならば
行うとき既に
妄想が生まれているのかもしれない
 
言語化や行動化の暇もなく
過ぎ去って空しい妄想は
気分として処理されるけれども
浸っている間は
非現実で訂正不能という
妄想の要件を満たしていて
他者を受け入れることはない
 
行為の動作そのものが快楽ではないときも
絶望的な現実でも
行えば
呼ばれたかのように
じわっと湧いて膨らんでくるものがあり
現実の苦痛を癒やすように
不可避な消滅方向への旅を潤滑する
 
かろうじて
正気は妄想との折り合いだ
健康は病気との折り合いだ
 
 
(2014年08月16日、同日・・汗・・修正)
 
関係があるかどうか分からないけど・・
昔、妄想による異常行動や拒否や自閉について
究極的な防衛反応のような気がして・・
 
精神の秘密を守れなくなると
肉体をもって秘密を守ろうとする
・・という印象を受けたことがあります。
 
( ※ 大昔、読んだ詩に・・
病院には肉体の秘密がない
したがって精神はますます多くを秘密にする
・・というようなのがありました
     ・・谷川俊太郎か・・)
 
(2014年08月17日、補足・・?)
記事中の 「を潤滑する」 は、破格~破綻かもしれません。