現状
 
 
世辞でも世事でもなく
現状をそのまま受け入れられる人は少ないだろう 
現状は不満と葛藤に満ちている
というほうがむしろ健全だ
 
いつからだろう 
人間にとって
個人にとって
それとも本質なのだろうか
 
現状を受け入れることが出来ない 
どうありたいとも
どうありうるとも言えないが
 
現状はそのまま私自身なのだが 
既に受け入れているに等しい私自身なのだが
 
 
(2014年09月24日)
 
 
 
  あきらめの位置
 
 
椅子(いす)が整然と並んでいる
時が整然と用意されている
通路が決められている
公共という 
セレモニーといったりもする
日常という名前さえある
 
うめ尽くされた場所に
自分だけの
位置を見つけるのは大変だ
ゆっくりしか動けないのに
せかされて
つい言ってしまう
いいよ それでも
 
そうして今ここにいる 
長い廊下を歩いた後のような倦怠
帰ってきたのか
行かないでいるのか
そのままでいるのか
椅子もなく
位置もなく
時間もなく
何という
うすい関わり
 
たくさんの人がいる
関わる人がどれほどいる?
関わる人がどれほど関わっている?
やがてあたりに誰もいなくなったら
いつかせかされることもなくなったら
独りで言うだろうか
いいんだ これで
 
 
(96年、またはそれ以前)