心の中の偶像
 
 
キリストに祈り
キリストを意識するとき
思い浮かべるキリストは
キリストに寄せる思いの理想像である
 
注意しないと
思い描いたキリストに
「よくできたね」と
自分を肯定させ
褒めさせる信仰になってしまう
 
最も危険な偶像信仰である
 
熱心であればあるほど
心の中の偶像は強化され
偶像信仰は自分信仰になってゆく
 
目に見える偶像よりも怖いのは
心の中の偶像である
 
これを避けるには
常にではなく・・折に触れて・・
という人の必然によって
偶像を意識し
偶像崇拝の罪の赦しを祈るしかないだろう
 
これを日常の祈りとして
 
相手は思い描いたキリストであっても
祈れば
本当のキリストによって
祈りは聞かれているという信仰の
最後の砦である
 
 
(2015年02月27日、同日一部修正)
神と聖霊についても同様と考えています。