しるし
 
 
神を知って信じる信仰は
しるしを見て
取引の交換条件のように信じる信仰に等しい
 
しるしを見たと思わなければ信じない者たち
 
しるしを見た体験した確認したと
公言し吹聴して信じたつもりの者たち
 
神の御業の不思議をこじつけて
使命を果たしたつもりになっている者たち
 
神と直接交わったと
恐れもなく囃し立て騒がしい鐃鉢たち
 
「神」を引き寄せて満悦するなら
神が人知れず近づいたとき
どうして人は知り得るというのか
そんなことは神には出来ないとでも言うのか
神はそんなことはしないと神を定めるのか 
 
聖霊が降りたと分かるというなら
神が聖霊を降ろさないときには
神が降ろさないと分かるのか
聖霊はいつも働いているのではないのか
 
キリストの死を
贖罪の当然のステップのように理屈で扱い
キリストの悲劇を思いやらない者たち
 
キリストの死の厳しさに
罪の厳しさを見ようとしない者たち
 
頭の中でキリストの死を繰り返して
罪深さに安心をあてがう者たち
 
しるしを見たと言い張る者たち
 
「しるし」を積み重ねて
気持ちの良い都合を積み重ねる者たち
 
しるしが苦く辛い予兆として来たときに
どうして気づくことが出来ようか
またしても神はそのようなことはしないと
神の予兆は良い恵みにに決まっていると
神を定めるのか
 
見た知った・・は神を定めている
 
神が人を定めるのだ
人は神を定めることなど出来ない
 
しるしは神からである
 
準備は知力でも能力でもない
 
何ゆえ神を恐れず
神の悟りを求めるのか
 
いつまで神の民としての
人の判断をないがしろにして
神秘の顕在という矛盾を求めるのか
 
隠れているものは現れるが
いつか現れるのであって
人の都合に合わせてとは書かれていない
 
しるしを人が確認できるなら
贈り物の遣り取りに等しく
人が神を同格を見なすことだ
 
幼子のようなふりをしても
幼子のように素直にはなれるはずもなく
幼子の真似をしている醜い大人がいるだけだ
 
神を知って信じる信仰は
しるしを見て信じる信仰に等しい
 
神を知ったと信じる傲慢を戒め
復興ではなく
改革でもなく
 
神を定める信仰を正すには
罪のどんでん返しを期待する前に
信仰を受ける器の革命が必要だ
心のどんでん返しが必要だ
 
人は全能の神を知らないゆえに恐れ
信じ仰ぐのである
 
 
(2015年03月15日)
信仰を言葉で表すのは本質的に不可能ですが
考えたことを言葉に表して伝えることで
思考を促す糧とすることは可能かもしれない
という思いで書いています。