口に・・
 
 「祝福のそよぎ」批判(28)
 
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 口になりたいですね。あの方の。
 
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 キリスト教は福音とともに
 神に関わることだから同時に
 恐怖の種になりうるということ
 
 
今日の記事で彼が企んでいるのは
聖書を悪用し
自分の異言と聖霊体験を正当化し
さらに自らを預言者の立場まで上げようとすることです。
 
 (民数記、口語訳)
11:29
モーセは彼に言った、
「あなたは、わたしのためを思って、
ねたみを起しているのか。
主の民がみな預言者となり、
主がその霊を彼らに与えられることは、
願わしいことだ」。
 (民数記11:29、旧約聖書)
 
ここは他の人が預言をしていて
そのことをモーセに報告に来た人に対して
モーセが言っていることです。
モーセは(本当の)預言なら願わしいことだ
と言っています。
この時点でモーセは預言をした人に会っていません。
報告者が妬みのために言っているのかと
感じている様子です。
 
モーセは偽者なら直ぐに看破できるのでしょう。
 
私たちは違います。
私は違います。
だから今まで彼の繰り言を
いちいちできる限り吟味して
批判するしかありませんでした。
 
 (コリント人への第1の手紙、口語訳)
14:1
愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、
ことに預言することを、熱心に求めなさい。
14:2
異言を語る者は、人にむかって語るのではなく、
神にむかって語るのである。
それはだれにもわからない。彼はただ、
霊によって奥義を語っているだけである。
14:3
しかし預言をする者は、
人に語ってその徳を高め、
彼を励まし、慰めるのである。
 (1コリント14:1-3、新約聖書)
 
 (コリント人への第1の手紙、口語訳)
14:27
もし異言を語る者があれば、ふたりか、
多くて三人の者が、順々に語り、そして、
ひとりがそれを解くべきである。
14:28
もし解く者がいない時には、教会では黙っていて、
自分に対しまた神に対して語っているべきである。
14:29
預言をする者の場合にも、ふたりか三人かが語り、
ほかの者はそれを吟味すべきである。
 (1コリント14:27-29、新約聖書)
 
3節で預言を勧めるようでありながら
何故パウロは同29節で
吟味役を置くのでしょう。
 
私の解釈ですが
この14章にパウロの苦悩を感じます。
 
推測ですが
当時の原始教会において既に
勝手に預言する者つまり預言者になりたがる者が
いたのではないかと思います。
 
人間の本性を考えれば
そういうことも
起こりうることは分かると思います。
 
そこでパウロは
ともかく秩序を持たせなければいけない
と思ったのでしょう。
それで取りあえず吟味する者が必要だ
と判断したのでしょう。
 
 
>口になりたいですね。あの方の。
 
彼が何になりたがっているのか
今回の記事で分かると思います。
 
彼が今まで
見かけだけ優しい言い方で
周りの人々や
ネットの人々に何をすり込みたかったか
今は分かるでしょう。
 
私は
預言者は自分のことや人のことをよく知っていて
それでも預言をしなければならないということで
預言は苦行と言ってもいいほど
大変な使命ですから
誰よりも神を恐れ
神に対する罪を恐れるがゆえに
誰よりも神に任せる心を持っていると思います。
 
そして人間の本性を考えれば分かるでしょう。
預言者が出てきたり
聖書にそのことが書いてあったら
必ず偽者が現れるということ・・
 
私は彼の記事を読んできて
救いのメッセージなど読み取れません。
神を恐れぬ傲慢だけを見ます。
彼に人間離れした慢心を感じます。
そして彼に対して恐怖を抱いています。
 
彼は今の自分の罪を認めません。
それは何故かということが明らかになっています。
 
>口になりたいですね。あの方の。
 
彼は預言者になりたいのです。
預言者と呼ばれたいのです。
 
ただ信仰について語りたいだけなら
信仰者であれば十分なのです。
預言についての聖句の引用から
預言が求められているような記事を書くはずはないのです。
 
>預言者として立てられている人を用いてされる預言と、
>一般的な私たちを用いてされる預言とではレベルが違うようです。
 
こういう言葉を濁した言い方で
なし崩し的に受け入れさせようとしています。
 
預言そのものが既に最初から一般的レベルではありません。
 
彼は恐れも知らず何を考えているのでしょう。
預言は神から預言者に託された言葉です。
預言した時点で訂正不能の無謬性を持ってしまうのです。
 
>口になりたいですね。あの方の。
 
もし誰もが預言できると彼が言いたいのなら
誰もが預言したなら
こんな世界にはなっていないのです。
 
彼は明らかに特別になりたがっています。
 
彼が預言者に相応しいかどうかは
彼が今まで書いてきたことをよく読んで判断してほしいです。
 
私は神を恐れる口を持ちたいし
すべての信仰者にそうあってほしいと思っています。
 
 
(2015年06月02日、同日一部修正)