安らぎは・・
 
 
安らぎだけで経過する信仰があるだろうか
 
崖っぷちでは、あるのかもしれない
でも多くは自己満足や欺瞞かもしれない
 
信仰というのは
自分が絶対者ではないことを知ること
 
だから信仰によって
正しさを絶対視するなんて正反対のこと
 
そういう絶対視は
人にとって最も頑固な先入観
 
先入観という判断を偏らせるものが
心の中にあることを認め
自分の先入観は
できれば探して
見つかったら
判断の根拠から除くことが大切なのに
 
その一番強い先入観を
自ら招き
それに寄り縋る信仰なんて・・
 
人は絶対ではないからこそ
絶対に対して恐れを抱き
人のものでも自分のものでも
絶対でないものを絶対とすることのないように
心がけるべきなのだが
 
そうすることが自分を低くし
へりくだることなのだが
 
絶対を理解して信じることは不可能だが
絶対を理解できないなら
絶対によって聞かれていることを
信じる信仰は可能だが
 
それでは満足できず
やはり今までと同じように
人知を超えたものを人知で理解しようとして
神は・・、神は・・、という主語を乱発して
そのことを安らぎと呼んで感謝し
人にも伝えてゆくのだろうか
 
人は神を信じることが出来るだろうか
 
 
(2015年08月30日)