進む
 
 
一度に最悪まで後退することはありそうだけど
一度に遠くまで進める人はそうはいない
 
みんな少しずつの積み重ねだろう
 
バランスを保ったまま進むなんてことはあり得ない
 
バランスを崩して
崩れたのを何とか再構築することを
繰り返すことが進むことだから
 
崩れたらそれも前進のチャンス
ということで
進みあぐねても
進み方が下手で不格好でも
ゆったり構えていていいと思う
 
むしろ
動いたり変わったりすることが
悪であるかのように言って
動こうとしない人が
善を施しているような顔をしていたら
影響を受けないほうがいい
 
動かないことは
動かないのだから
善い方向に変わることはなく
また動かない人は動く前から
善いままだと思っていることが多いからだ
 
もともと人が善だけで出来ていることはない
 
動かない人は
動かないことによって
受動の悪または惰性によって
知らぬ間に他者に動かされ
操られ流されていることに気づかなくなるだろう
 
動けば悪に変わることもあるが
動かず善としてそのままという自覚で
いい気になってしまうのは進まない決意に等しい
 
動いておれば考えも豊富になることが期待できるから
動くことは活性として必要である
 
だから
動くことと変わることによって進むことで
善い方向を見つけるという必然しかないのだ
 
与えられ生まれ持った善意によって
動くことだけが
人を善に変えてゆく動力である
 
 
(2015年09月02日)
 
今日の記事は
今までも一度ならず考えて
書いてきたことなのですが・・
 
進む、動く、崩れる、再構築、など
という表現は特定の行為や現象と
一対一対応するものではなく
あるべき心の方向や出来事を暗示したつもりです
 
動いていて大丈夫ということも
考え方を変えると
流されているだけだったりしますから
心の眼を開いておく必要を考えていると言いたいということで
 
・・また言葉に捕まって
 失敗しているのか・・また機会があったら
 気が向いたら考えてみます
 
まあ・・世の中には思考停止をこよなく愛して
人に勧める人が結構いるということです