人と神
 
 
宗教が人間を救うために生まれたのならば
宗教が人間からすっ飛んで離れたところから
声をかけてくるはずはない
 
人が宗教と呼び
神と呼ぶ存在について
人間が考えるべきは
人から遠く離れた神ではなく
人に関わってくる神であるはずだ
 
ここで勘違いしてはいけないのは
遠く離れた摂理としての
神を人は語れないと言うこと
遠く離れた神が
ああだこうだと論じるのは間違っている
 
人間は
摂理として神秘としての
遠く離れた神を理解することは出来ない
人間は
人間の世界に起こっている人間の動きから
関わってくる神について
不完全ながら思うことになるだけである
 
人間が考えるべきは
人に神が関わってくるとき
人が神の民でありたいなら
どういう心構えをしておくべきか
ということだろう
 
神が人と心を通わせるなら
人に人間性を与えたのは他でもない神であるから
神は人の人間性を無視しないだろう
 
信仰は人間性に深く根差すところにあり
 
人間性を損なうところに信仰はない
 
つまり信仰は
神性を目指すべきではなく
人間性を目指し求め努めるところに
神の御心は人知れず表れるだろう
 
人間性を疎かにする信仰は
いくら神を主語にして語っても
人間離れの神がかりの
根拠のない戒律だらけの
非人間的な自分信仰になるだろう
 
信仰者が知るべきは神性ではなく
人間性である
 
 
(2016年01月02日)
 
疎か(おろそか)