ちから
 
 
信仰は
真面目に、真剣に、と思いつめて
我こそは、と気負ってしまうと
尋常ならざる道場に
目を剥いて張り詰めて身構えて
ふるえてしまいそうです
 
リラックスして
柔軟に柔和に対応する
というのは
力を入れないことではなく
無駄な力を抜くことで
信仰でもスポーツでも似たような
生き方のテーマになるでしょう
 
信仰者にとって
信仰生活は日常であり
不要な力を抜いてくれる尋常であるはずで
そこで自由に考え行い
そこに温かい情感を失わないことでしょう
 
収縮すれば
次は弛緩があって
また収縮が可能になります
 
その経過は全体で
伸び伸びとか生き生きとか言います
 
信仰に余計な力は要らないから
信仰は
緊張や硬直ではなく
バネの弾力を喜び楽しむことです
 
ときにカルトの宣教の
目を見開き
薄笑みを浮かべて
一方で
すぐにでも怒りに変わりそうな悟り顔ではなく
 
喜怒哀楽を感じて表し
疑問も反応も受け入れて
共に考えられる信仰の世界であってほしいのです
 
負いやすい軛と言われる信仰の節操は
圧力ではなく活性であり
抑制ではなく促進です
 
型くずれを恐れてはいけません
型に嵌った信仰は情感がありません
情感のない信仰は生きていません
 
信仰の力は温かいはずです
 
望まれているのは
生贄ではなく憐れみと言われるように
 
 
(2016年05月27日)
 
気負う(きおう)
尋常(じんじょう)
剥く(むく)
張り詰める(はりつめる)
身構える(みがまえる)
柔軟(じゅうなん)
柔和(にゅうわ)
弛緩(しかん、ちかん)
バネ(発条)
軛(くびき)
生贄(いけにえ)
憐れみ(あわれみ、哀れみ)