必要悪
 
 
善であらねばならないと志し
幾分かでも成果を上げると
善であることに思い上がって
やがて成果によらず
自分を善の立場に置いて
いつも善だという思い上がりを育てる
 
人はそのように不全である
 
その思い上がりの果ては
反対や批判の意見を聞かなくなり
善を悪だと見なすようになり
悪を善だと見なすようになり
善と対立するようになり
悪に成り下がる
 
人はそのように不全である
 
善か悪かの厳密な判断は
人には出来ない
ゆえに
善であると確定する判断は
人には出来ない
 
この世の悪に対して
人が取れる立場は
善ではなく必要悪である
 
悪が平気で善のつもりになるのは偽善
 
偽善よりは遥かに善に近い必要悪
 
人の正義はせいぜい必要悪である
 
せいぜい人は必要悪をもって
不必要な悪と戦っている
 
善か悪かの最終的な判断は裁きであり
それは神のものである
 
という判断こそが信仰だ
 
 
善を信じるとは
神を信じるとは
 
自分を善の立場に置かないことだ
 
 
(2016年10月29日)