存尾
 
 
公序つまり公共の秩序が乱れる時代には
 
公序に反する言動は慎むべき
という道徳も乱れてゆくだろう
 
生存権とか基本的人権とかが
一部の者たちによって踏みにじられる世には
公序を持つことにも耐えられなくなるだろう
 
反社会的になってはいけないと教えても
 
その時代を生きている者は
教える者を既に信用しないので
 
非社会から反社会に
自殺から他殺に
言論から暴力に
シフトしてゆくのは
まず個々の精神からだろう
 
何故そうなるのか
 
危ないところへ
何が向かわせるのか
走らせるのか
 
目には目を歯には歯を
・・の復讐だけだろうか
 
それを
法治国家は戒め
抑えているが
 
思慮によって人が弁えて抑える
ということが出来なくなるとき
 
うわべの綺麗な言葉が氾濫する
 
うわべに過ぎないことを知る者は
 
ルサンチマンだろうか
怨念だろうか
 
少なくとも
抑えようとしても
 
上から水のように溢れて
ぽたぽたと垂れる雫のように
無秩序が下りてくる
 
隠せば隠される
偽れば偽られる
強いれば強いられる
 
公序が先に抑制を失うとき
 
生存の尻尾が
そこまで否定されることに耐えられず
 
存尾は先ず
尻尾の持ち主に逆らい始める
 
生存が壊れ始めるとき
無表情が蔓延するとき
トリクルダウンは
表情を捨てて上から下りてくる
 
死ぬよりもつらい目に遭って
存尾が動き出す前に
 
公序は自らを正さなければならない
 
 
※ 
 
最も反社会的な人格は
社会の(ソーシャル)と
それぞれの社会(中規模コミュニティ)の
富と地位の序列の上と下に多くなる
 
上は少なくとも今を維持したいから
下を見なくなるだろう
 
下は上を見て恨むだけでなく
下を見なくて済むことを考え始める
 
上から下に堕ちた者はさらに恨みを募らせるだろうし
下から上にのし上がった者は二度と落ちたくないから
さらに拍車がかかるだろう
 
上は下がどうこうと
下の取り扱い方を言って済む問題ではなく
下は上がどうこうと
上に全責任を負わせて済む問題ではない
 
もちろん上と下の中間にはないという意味ではないのは
中間にはもっと細かい群れがうごめているからだ
 
公序の乱れの責任を逃れられる位置はない
 
 
利益と富の保証よりも
いかなる社会のどこにいても
 
衣食住を得て生存できて
誰にも軽しめられずに存在できて
生きがいと目的をもって生活できて
 
少なくとも小さいコミュニティの中で
自分の位置を見出せる社会づくりが大切なのだが・・
 
昔の私の記事参照
http://blogs.yahoo.co.jp/st5402jp/3510248.html
 
 
(2016年10月30日)
 
雫(しずく、滴)
存尾(ぞんび)の漢字熟語は造語です。失礼。
 
ずっとそうしてきた・・は、
ゆえに、ずっとそうするべき・・なのでしょうか。
人類の精神性は進歩しないものなのでしょうか・・