恐れるべきこと
 
 
 (批判対象ブログ)
 その名は不思議
 管理人:shalom シャローム、シャロム 
 
 (批判対象記事)
 バビロンの終りと新しい世界の到来
 2017/11/5(日) 午前 8:36
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28324192.html
 
 (シャローム氏の類似過去記事)
 人の時と神の時
 2016/12/11(日) 午前 8:28
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/27843495.html
 神の時と人の時
 2012/6/3(日) 午前 10:58
 
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/22880017.html
 
 
最近、シャローム氏の書く記事は長いのが多いです。といっても、大方、コピペです。私は、何よりも、彼が、返事を求めてなどいないのに疑問文で問うてきて、神に対して偽善の罪を犯しながら何事もなかったかのように教えようとするのが我慢ならないのです。
 
>今日の聖書の言葉です。

>全地は同じ発音、同じ言葉であった。
>時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。
>彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。
>こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。
>彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。
>そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

>時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、
>「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。
>彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。
>さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、
>互に言葉が通じないようにしよう」。
>こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、
>彼らは町を建てるのをやめた。
>これによってその町の名はバベルと呼ばれた。
>主がそこで全地の言葉を乱されたからである。
>主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。
> (旧約・創世記11章1~9節)
 
>このバベルの塔の出来事は空想物語でしょうか?
>あなたや私の、この世界の現実ではありませんか?
 
(ウィキペディアより)
旧約聖書創世記ではバベルと表記され、バベルの塔の伝承にて混乱(バラル)を語源とすると伝える。創世記10章第2節によると、ノアの子ハムの子孫である地上で最初の勇士ニムロド(ニムロデ)の王国の主な町が、シンアルの地にあったバベル、ウルク、アッカドであったという。この直後の創世記11章がバベルの塔の伝承であり、ここで東方からシンアルの地へ移住した人々による都市バベル及びバベルの塔の建設が述べられているため、この建設事業をニムロドに帰する神学解釈がある。(ウィキペディアより、引用終わり)
 
シャローム氏は、バベルの塔の話を事実と思っているのでしょうか。私としては、バベルの塔の話が事実かどうかは、もちろん知りませんが、伝承として語られたことは事実でしょう。
 
シャローム氏のブログにはコメント欄がありません。批判されるのが嫌で、彼が閉鎖したのです。他者の意見に対して、答える気もないのに、なぜ、疑問文で書くのですか。偽善でしょう、見せかけでしょう、そういう人が、なおも教えようとするのが我慢ならないのです。
 
>連日テレビや新聞、インターネットで伝えられるニュースは
>その事実を証明しているようです。
 
バベルの塔の話は、有名ですから、知っている人も多く、文明によって思い上がることが災いをもたらす、ということも多くの人が知っているでしょう。今さら、その話だけ大仰に言うことではありません。そこから現実問題への掘り下げが必要ですが、議論を拒否しているシャローム氏が言うことではありません。
 
人々は具体的にどうしたらよいか迷い考えているのです。今までもそうでしたが、預言でもするかのように、そこに答える何の具体策もないのに、自説の教条を繰り返し押し付けて遠慮のないシャローム氏が、自分だけ卓見を知っているかのように、性懲りもなく、人の意見を受けるでもなく、書いてくるのが我慢ならないのです。シャローム氏の言うことは、いつも的が外れています。シャローム氏だけが、自分の的外れに気づかない預言者気取りなのです。
 
>神との交わりを失ったアダムとエバはエデンより追放され、兄カインは弟アベルを殺し、
 
アダムとエバの失楽園と、カインの殺人は、人間の原罪に深く関わっています。神話ですが、実存的に現在の人の有り様を語っています。言説において、バベルの塔と同じ扱いではいけないと思います。
 
>ノアの時代は人の暴虐が地に満ちて、洪水によって滅んでしまいました。
 
バベルの塔より、さらに有名な話です。いったい誰に向けて説教しているのでしょう。この国の人々は、みんな無知で愚かだと思っているのでしょうか。高すぎる塔も、洪水も、シャロームさんに、よく当てはまると思いますよ。
 
>そのことは次のように記されている。

>時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。
>神が地を見られると、それは乱れていた。
>すべての人が地の上でその道を乱したからである。
>そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。
>彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。
> (創世記6章11~13節)
 
>乱れて、乱れていた、乱したから・・・と暴虐が満ちて混乱した様が描かれています。
 
言わなくても分かるんですよ、シャロームさん。シャロームさん、あなたは、自分の乱れに少しも気づかないし、気づこうともしないけれど。
 
>人は神を退け逆らい、天に向かって塔を築き、
>物の豊かさによって、一つになろうとした。
>しかし、神を退け、築き上げられるバベルの塔は
>混乱しかもたらすことはないことを示しておられます。
>生ける神と言葉を退けた結果である。
 
このように、シャローム氏は、自分が神に逆らっていることを正当化または無視するために、聖書の記事を利用します。そして書くことといったら、具体性のない、教条の常套句の、うんざりするような繰り言、すなわち、自分を除外した上での、ボロクソ節なのです。恐らく今までも、こういう言い方しか、してこなかったのでしょう。偽善者は、平気で開き直り、自分の偽善から目をそらそうとして、説教したがりますが、その的外れこそが、彼の偽善の罪なのです。
 
>しかし、生ける神は言葉を喪失したこの世界に生ける言葉を遣わされた。
 
人間の言葉は相対的で不安定で不全ではありますが、言葉を喪失したわけではないのです。人間の言葉で、何とかして真実を表そうと努めている人がいっぱいいます。そのことさえも無視して、月並みな御託を並べているシャロームさんこそ言葉を喪失しているのです。またしても、彼の言葉が、彼の言葉と心の崩壊を表しています。
 
>その言葉によって神の栄光をあらわすために創造された世界を回復し、
>再び人が生きるためです。
 
その御言葉を悪用して、この世界に蔓延り、妄想的な無罪と善悪判断放棄の教条を言いふらしているのは、他でもないシャローム氏です。
 
>使徒ヨハネはそのことを次のように書き記しています。
 
福音書の著者は、冠された名前の弟子とは違うという説がありますし、私はそのことを前にも書いたことがありますが、シャローム氏は、記憶の余地がないのか、自説に固まっているのか、ネットや本で調べることをしないようです。嘘っぱちの聖霊体験を主張し、そのせいで、人の言うことを全く聞かなくなった哀れな反面教師に堕ちています。
 
>初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
>この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。
>できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。
>この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。
>そして、やみはこれに勝たなかった。
> (新約・ヨハネによる福音書1章1~5節)
 
解説しないのですか。できませんよね、神の言葉についてですから。私も、こうだ・・と、はっきり解説などできません。しかし、神の言葉は、神のものとして、恐れをいだき、祈ることはできます。その祈りさえ、あなたは虚偽で満たしてしまいました。これが、あなたのバベルの塔であり、あなたの洪水なのです。
 
>ヨハネはさらに次のようにも書き記しています。

>神はそのひとり子を世につかわし、
>彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。
>それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
>わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、
>わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、
>御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
 
これは、ヨハネの第一の手紙4章9-10節です。見つかったから、よかったものの、なぜ、出典を明記しないのですか。単に忘れたのですか。知ったかぶりしたいのですか。傲慢からくる不親切ですか。それとも報いを受けて作文に集中できないのですか、ありうることだが、全能の神のなさることを、人間の私は断定的には知りえません。ただ神の全能を恐れています。
 
>この世界は人の手による偽りの豊かさと光で満ちています。
>今、その偽りの繁栄の崩壊によって混乱し、
>人の心から光が失われ、自然も秩序が失われています。
 
偽り、崩壊、光が失われ、無秩序、これは、今の世について外れてはいません。しかし、シャローム氏が、今、問題とするべきは、これらが起こっているのは、彼自身の中だということです。シャローム氏は、人のことを言っている場合ではないのです。
 
>しかし、聖書はこの世界・バビロンの終りと新しい世界の到来を告げています。
>神に立ち向かっている人の歴史の流れは人の驕りを砕きつつ、
>神の時・・・その日、その時に向かっています!
 
恐らく北朝鮮関連のニュースでも見て、言わなければと、中身のない使命感を燃やして、のぼせ上がっているのでしょう。それは、今、あなたの使命ではありません、あなたの能力ではありません、あなたが言って解決する問題ではありません。身の程を弁えれば、あなたは、迫りくる、あなたの時を恐れるべきです。神は見ておられます。
 
私は、神の定める私の時を恐れ、神を恐れ、その全知全能に対し、恐れおののきます。自分びいきの気安い神?ではなく、世を造り世を滅ぼす力を持つ神を恐れ、我が身の足らざるを思い、主の御名によって祈るばかりです。
 
>神の平安がありますように!
 
毎度毎度、誰のために書いているのでしょう。殆ど嫌がらせのように書いてきます。しかし、書けば書くほど、自分は神の平安のうちにあるのだ!と、わめいているかのように受け取られてしまうでしょう。
 
 
(2017年11月06日、同日一部修正)
 
殆ど(ほとんど)
 
 
 
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