双方向
 
 
神が与える救いは
神が与えたかどうかさえ秘められたうちに
人間に与えられるだろう
 
神は愛です
ということを表したいのならば
神と人は双方向なのだから
どのような状況で
どのような愛が与えられ
どのような気持ちになったか
人間の気持ちとして語る他ないのだろう
 
例えば孤独からの解放
悩みのうちの休息
苦しみの緊張緩和
悲しみの解放に向かう涙
これらは
人間が共感できる恵みであり
それゆえ肉体や物の奇跡より
はるかに強い印象を残すだろう
 
信仰と人生の成り行きの対立は
また一方で
祈りと導きの双方向を表している
 
どんなに祈っても
成り行きは変わらないだろうか
成り行きは一通りしかないから分からないが
祈りは重ねられて
人生は造られてゆくのだろう
 
どこへでも従ってまいります
・・人の子にはまくらする所がない
み衣にさわりさえすれば
・・あなたの信仰があなたを救ったのです
お助けください
・・なぜ疑ったのか
パンくずは、いただきます
・・あなたの信仰は見あげたもの
わたしを思い出してください
・・パラダイスにいるであろう
 
人とキリストとの対話
悲しみと悲しみの共感と
悩みと癒しの双方向は
姿がなく言葉がなくても
遍く今も続いている
 
時々に
祈る前と祈った後で
心残りのないように正直であれば
祈りと慰めは
今も生まれている共感である
 
悲しみがもたらすのは孤独であり
涙がもたらすのは解放の始まりであり
温もりがもたらすのは癒しであり
孤独からの解放という癒しは愛によるもの
 
それは信仰者に与えられる最も多いなるもの
そして信仰そのものである
 
 
(2018年05月28日)
 
遍く(あまねく)
 
 
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