動くとき
 
 
愛と意欲と情熱によって動くか
 
憎悪と保身と恐怖によって動くか
 
 
地上の
街中の雑踏で動くことになっても
一人の部屋で動くことになっても
さいはてで動くことになっても
 
乏しい行動力を発揮して
精いっぱい生きていたいなら
 
前者のほうが温かく
幸福とも呼べるだろう。
 
涙に震えることもあるだろう。
 
宗教と信仰が
後者であってはならない。
 
冷たく震えたくはない。 
 
 
神に跪いて罪を認めて
告解して涙に濡れて
情熱を燃やせたらとは思うけれど
 
怯えから震えあがって
割れた陶器のように
誰かの傷口に刺さりたくはないし
 
怒りから勝てぬ喧嘩を売って
ひび割れて炎上して
赤く黒く焼き焦げたくはない。
 
 
静かだが冷血ではなく
むしろ温かい血をもって
誰かを温めたり
誰かを癒やすことを志すなら
 
固着した理路が
焼き切れて短絡を生まないためにも
 
自分が冷たくならないように
怒りと短絡と憎悪が増し加わらないように
愛と意欲と情熱を
自らのうちに愛おしむ心がけが必要だろう。
 
 
(2018年06月05日、同日一部修正)
 
跪く(ひざまずく)
告解(こっかい)
 
 
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