神とカルト
 
 
何らかの利益を目的とするカルトは
神を信じてなどいない。
 
むしろ神などいないと信じているからこそ
平気で神の名を利用して
信者を従わせようとするのだ。
 
したがって
カルトは信仰を知らないから
神の信じ方を知らない。
 
ゆえに神の名を騙る上で
カルトは信仰についてまともなことが言えないから
それらしいことを作って言うしかない。
 
だからカルトは
超能力や神のお告げなど
超常の話をするしかなくなる。
 
神=超常の超能力
としか考えられないからだ。
 
超常が自分を通じて
身近にあるように
実現できる力のように語る。
 
そして結局
自分に従えば神の力を得る
というような教えを垂れるだろう。
 
そしてまず
誰でも出来るような儀式を教えるだろう。
 
そうやって仲間を増やし
救われた人々として宣伝するだろう。
 
誰でもあることと思わせて
ただ無条件に信じることだけを要求する。
 
それ以外のことを排除するように教える。
そして反対者を悪魔呼ばわりして排除してゆく。
 
結局これらのカルトの言動は
人間に思考停止と盲従を植え付けてゆく。
 
カルトに対抗できるのは
人間としては
人間性以外にはないから
カルトは
人間性を否定し消滅させたいのだ。
 
カルトとは
教祖が
神がかりとして
信者に人間離れを勧めることに終始する。
 
そのことが招くのは結局は破局なのだが
その前に多くの寄付によって利益を得ようとし
信者からの崇拝による自尊を得て満足するか
あるいは利益を得て破滅する前に逃亡することを企てるだろう。
 
※ 
 
真の神は
その有り様を見ておられるが
直ぐにカルトを滅ぼすことはしないかもしれない。
人間に対して
カルトに騙されないようにすることを期待しておられるのだろう。
 
カルトという人間の罪と偽善は
神が最も嫌うところの偶像崇拝でもあるのだから
結局人間が克服することで
人間たちによって
本当の信仰が明らかにされることを期待しておられるのかもしれない。
 
神について
よく聞かれる反対意見であるところの
「神がいるならなぜ助けてくれないのか」
という叫びを
神は聞いておられるが
神は自らに似せて作った人間が
自由意志をもって困難を解決してゆくことを期待するために
この地上では耐えがたいと思われる試練を与えて
あえて沈黙されることがあるのかもしれない。
 
神の救いはこの地上にあると同時に
あらゆる地上とあらゆる天上の
神の支配する全ての国においてあるからであろう。
 
だから信仰者は
まずこの地上において
カルトと闘わなければならないのである。
 
 
(2018年08月27日、同日一部修正)
 
騙る(かたる)
 
 
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