響き
 
 
信仰においては
 
心に響いたことだけを受け取りましょう。
 
それでは不十分になりますが
 
心に響いたことは
 
心が活動していることであり
 
心に残るでしょう。
 
 
心に響いていないことを辻褄合わせだけで受け取ると
 
それは嘘になります。
 
心に響かないことは
 
心を縛るだけです。
 
言い張っても思い込んでも
 
響かないし働きにならないのです。
 
それは絡みついた針金のようなもので
 
縛るけれど恩恵がないのです。
 
 
心に響いたことは
 
不十分ですが
 
不十分な心を成長させるのです。
 
心に響いたことは
 
縛らずに人を生かします。
 
 
十分だと辻褄が合っても
 
不十分は必ずあり
 
それを十分だと慢心したときから
 
響きを受け取る心の働きも鈍ってくるのです。
 
十分や完全は地上ではありえません。
 
それらは神の持ち物だからです。
 
そして私たちは不十分だと自覚するから
 
神に出会えるのです。
 
 
学問は興味から始まります。
 
信仰は必要から始まります。
 
どちらも不十分だから進みます。
 
 
心は不十分だから
 
心に響いたことは生き続けます。
 
 
十分だと慢心したときから
 
心は生きることも響くことも受け取ることも止めてゆきます。
 
神の憐れみも受け取らなくなるからです。
 
 
響かないことを取っておきたいなら
 
分かったつもりにならないために
 
分からない箱に入れておきましょう。
 
 
心に響いたことだけを受け取りましょう。
 
不十分な心が必要としていたから心に響くのです。
 
 
つまり不十分の自覚が信仰になり
 
人間を成長させるのです。
 
神はそれをご存知だからです。
 
 
(2018年10月29日アップ)
 
 
にほんブログ村 ポエムブログ 暗い詩へ(文字をクリック)]  
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)]