留まるを不変と解する詭弁
 
   「Stay hungry, stay foolish」
   
https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28869821.html
    by shalom (シャローム、シャロム、あなた、彼)
 
    転載元:「Stay hungry, stay foolish」
     2018/11/7(水) 午前 9:21
    
https://blogs.yahoo.co.jp/jc_brother/34521194.html
 
 
またシャロームは、転載記事を載せています。前にも載せたサイトからです。
転載元は、2018年11月16日以降、更新がありません。どうやって了承を取ったのでしょう。仲良しだから、いいじゃろ、ということでしょうか。人を批判に曝して難を逃れたいのでしょうか。しかし、批判対象は、この転載記事に賛同しているシャロームです。
 
 引用はじめ
 >
 
 Appleが新製品を出して、話題となっている。
 私もリンゴ党のひとりなので、気になる。
 
 スタンフォード大学の卒業式でしたジョブズのスピーチ。
 
 エリートに向かって言う。
 「満腹するな。まだ先がある。」
 「賢いと思うな。知らないことがまだ多い。」
 前途多難ではあるけれど、現状に満足せず、
 モチベーションを高めて進め、ということだろう。
 
 聖書はこう言っている。
 
 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまり
 ます。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶ
 ことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまってい
 なければ、実を結ぶことはできません。ヨハネ15:4
 
 この世では頑張る者が成功すると、煽るのだが、
 自分の想い、力、努力では何もできない、わたしにとどまれ。
 留まらないと豊かに実を結ぶことができないからだと。
 
 そこには神との親しき交わりがあり、永遠のいのちがあると。
 一時の幸いではなく、永遠の幸いを送ることが重要なのだから。
 
 自分は無力である、だからイエスの愛に、恵みの中にとどまる。
 それによって真理を知り、生きる喜びが満たされるために。
 
 「Stay Jesus」「Stay GoodNews」と言うことになるのだろう。
 
 <
 引用終わり
 
シャロームは、キリストのもとに留まれ、ということを、信仰は不変でよい、と受け取って、この記事を転載しているのではないかと思います。
 
はっきり書いてあります。
 
>「満腹するな。まだ先がある。」
>「賢いと思うな。知らないことがまだ多い。」
 
これからも、学習が必要だという意味です。
 
シャロームは、ここは無視して、キリストの「わたしにとどまれ」という言葉を、今のまま不変でよいと解釈したのだと思います。
 
シャロームが、信仰について、これからも学習が必要だと受け取ることは、自分で、過去の、悔い改めない、反省しない、罪を認めない、という自説を訂正することなしにはあり得ないからです。また、お茶を濁し、ごまかし、読む人の目先を変えようとしています。
 

イエスの愛に、恵みの中にとどまる。
それによって真理を知り、生きる喜びが満たされるために。

 
イエスの愛にとどまるとは、主イエスのもとで、悔い改めと祈りの日々を過ごすことです。決して恵みが降ってくるのを何もせず何も努めることなく安穏と口を開けて待っていることではありません。シャロームの詭弁の入り口がここにあります。
 
>この世では頑張る者が成功すると、煽るのだが、
>自分の想い、力、努力では何もできない、
 
「自分の想い」に「だけでは」を加えないならば不備であり、人間の想いを無視してよいと言っているようなものです。信仰は、人の想いを無視することではありません。人の想いを無視して、神の想いが残ると思うのは、キリスト者ではないからです。
 
神の民である人間としての自分の想いを無視すれば、ケダモノか病気の神経が人を動かすことになります。神は、言うまでもなく、他でもない、人間のみに、信仰を与えるからです。
 
>そこには神との親しき交わりがあり、永遠のいのちがあると。
 
こういう、神との親しき交わり、永遠のいのち、という超常言葉を平気で使う向きには、神聖を、自分の頭の中において、そこから動かさないことが出来る、という、慢心を感じます。神を讃美したつもりで、実際は自分の信仰を自慢している、ということが多いのです。
 
>それによって真理を知り、生きる喜びが満たされるために。
 
こういう豪語につながります。
 
 (ヨハネによる福音書、口語訳)
15:4
わたしにつながっていなさい。そうすれば、わたしはあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ実を結ぶことができない。
15:5
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。
 (ヨハネ書15:4-5、新約聖書)
 
「自分だけでは実を結ぶことが出来ない」と、「だけでは」が入っています。
 
そして、「わたしから離れては、あなたがたは何一つできない」と、この聖句が、キリスト者が何かをする、つまり、努力することのために書かれていることを表しています。
 
シャロームは、キリストから離れているので、自分では、信仰のために、何一つできず、物を言えば詭弁となり、信仰の実を結ぶどころか、偽善のために利用できるものを漁り、堕ちて腐った果実を貪っています。
 
何をするのかは、個人を枝に譬えていますから、個人によって異なるのでしょう。しかし、日々、悔い改めて祈り、新しくなることは必須であります。それも理解できないシャロームなのです。
 
ここで参考までに、注意するべきところがあります。上の直前の3節ですが、
 
 (ヨハネによる福音書、口語訳)15:3
あなたがたは、わたしが語った言葉によって既にきよくされている。
 (ヨハネ書15:3、新約聖書)
 
こういう聖句を、シャロームなど偽善者は、自分は完成して清いから何もしなくてよい、という根拠にしてくることがあります。そうでないことは、4~5節で明らかです。あらかじめ書いておきます。
 
>自分は無力である、だからイエスの愛に、恵みの中にとどまる。
 
転載元は、書き方は不十分ですが、自分が無力であることを認めています。
 
書き方や言い方が不十分でも、改めることで成長する気があればよいのです。誰でも、私も、そう思って努めているわけですが、シャロームだけは、改める気がないのです。
 
シャロームは、非を認めず、罪を認めず、悔い改めなくても救われると言い、訂正していません。つまり無力であっても、自分は神がどんでん返しで救うから安心と信じて、あらゆる苦言と矛盾を不感不応の境地?で無視してきました。
 
シャロームと、転載元は、一致はしていないようです。
 
今回の批判は、数えきれないほどの背きと豪語、そして嘘と欺瞞を露呈していながら、今なお、何事も無かったかのように、信仰のブログで教えることが出来ると思い込んで、キリストから離れていながらキリストを讃え、神に背きながら神を讃美する修正不能の偽善者、シャロームが対象です。
 
シャロームと交わると、私の場合で言えば、数年間を無駄に費やすことになります。下手をすると、シャロームと同じような自己満足信仰?者になってしまいます。
 
>それによって真理を知り、生きる喜びが満たされるために。
 
転載元がどういう気持ちで書いているのかは、これだけでは分かりませんが、私たちが求めるのは、人間の真実であり、人間として生きる喜びですから、神と同じ真理とか、不変の喜びに満たされるなど、神しか持てないようなものを欲しがることのないようにしてほしいと思います。
 
神の前に、真実の告白をせず、秘密にして、うわべだけ飾った祈りをすることは、神に対して、人に対する場合と同じように隠し事が出来ると思っているということです。それを後に反省して悔い改めれば、それだけでも信仰は保たれますが、それさえしない者は、神に告白して赦しを求めることさえ拒んで、自分の閉塞した領域にいて、神に任せることをしないわけですから、信仰者とは言えません。
 
正直な告白をして神の前に悔い改めた者は、人の前でも、多少の秘密は持っていても、あまりに白々しい嘘は吐けなくなります。
 
人に対して、嘘を吐いて、それを隠して、平気でいるような白々しさがあるかどうか、あるいは、悔い改めるように警告しても、書いているものや発言に何の変化も見られないかどうか、これら、人間にも分かることから、信仰者か偽善者かを、その者の言動によって人間が判断することが可能な場合もあるということです。
 
神に対して、世辞や偽りの讃美言葉は通用しません。祈りにおいて、反省し、正直のみをもって告白し悔い改める、ということは、そのとき、信仰が真実であるかどうかが試されている、ということでもあるでしょう。その正直さによる誠実だけが救いの必要十分条件なのです。
 
 
(2019年01月24日アップ、同日一部修正)
 
漁る(あさる)
貪る(むさぼる)
欺瞞(ぎまん)
露呈(ろてい)
 
 
  
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