こもる信仰
 
 
狭い庭から眺めながら
外の悪事には
まるで神の義憤であるかのように
遠慮なしに斬るのだが
 
自らの庭の内側に対しては
厳しさを持とうとしない
 
大きな災害や不幸に際して
「お見舞い申し上げます」
「言葉もありません」
「お悔やみ申し上げます」
 
一方で
まるで別のことのように
「すべてが益となるように」
「神は守り救い給う」
 
突然
死ぬことの
そして突然
愛する人を失うことの
現実の悲劇との
明らかなギャップがあるのに
 
そのギャップのほうが
信仰と信仰者にとって
より大きな問題であるのに
 
ギャップや矛盾は
あってはならないタブーのように
触れることを控えてしまう
「(神のなさることは)分からない」
とさえ言わない
 
「人知を超えた驚くべきこと」は
多く驚くべき善いこと
奇跡としてしか語られない
 
外の悲劇と
独立しているかのように
自らの庭で平安を語り
現実と乖離して
こもる信仰・・
 
この不信仰の身を捨てるほどのみ旨は何処
 
 
(2011年05月12日)
(2019年05月09日、修正)
 
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