楽山の駄弁(2)
 
 楽山ツイッター
 
 
いちゃもんをつけるだけなら簡単と、楽山は、引用+批判をツイートしていますが、いつものように、高慢と、思慮不足で、自慢になったり、断片的になったり、何にもならなかったりしています。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
私は、カクカク・シカジカの理由で大川隆法は嫌いだと書いてます。
でもPさんは、その理由の部分をはぶいて引用してます。その結果、私がただ大川隆法をくさしたかのようになってます。
こういう切り取り方は印象操作であって、正しくありません。
 
楽山の、ふざけた「カクカク、シカジカ」を信用してはいけません。理論家気取りですが、大方、詭弁です。楽山は、理屈めいた書き方をしていますが、嘘と印象操作など詭弁を弄し、結局、くさしているだけです。自己愛性人格障害によって、楽山は、自らをも、腐らせてゆきます。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
「誤読だ」「Pの解釈だ」と強弁し、
私は結論だけでなくその理由を書きます。理由の提示なしに結論だけを強弁してるのはPさんかと。
 
楽山は、根拠も理由もなく、霊能者気取りであり、上から見下ろして、言いたいことだけを言い、批判に対しては、ことごとく無視してきました。にもかかわらず、今も書いてくるのは、羞恥心がないからです。楽山の言は、嫌がらせ以上ではなく、はっとさせるものは皆無です。
 
総裁先生の悪口を言っても
 」
これについては上に書きました。
私が全く乗ってこないので
 」
いいえ、毎回反論してきてるでしょう。殆ど精神勝利宣言だけど。
 
楽山のほうが、鈍感を冷静と勘違いして、鈍いのに高慢な勝利が前提になっています。説得力も、思いやりも、罪悪感もなく、乗ってこないのではなく、都合の悪い他者の意見に反論も詭弁となり、自分の言だけを押し出してくる厚顔無恥の単方向が本質なのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
アナタはかなりお困りのようですね。
 」
私の意見は、Pさん以外の方々には理解してもらえてるようなので困ってはいません。
ただ同じようなことばかり繰り返し書くのは、さすがに面倒くさくなってきてますけど。
 
誰も楽山の言を理解していないと思います。楽山は病識がないので、理解されたと勘違いしていますが、実際は、楽山を受け入れることは、だまされていることを意味します。面倒くさいのは、本心を隠して、詭弁を捏造しているからです。
 
誰も感動していないのに、執拗に、ネチネチと同じようなことを書き続ける性懲りのなさが、楽山のやり方です。肝心なところでは、行き詰まるようなところでは、さっさと逃げて、都合の悪いことを、一切、無かったことにするのです。荒らしよりも悪質です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
返信先: 
@komo266
あっ、そうだ。HSにはオリジナルの教えがありました。
「大川隆法は主エル・カンターレであり、神様である」
これはHS以外では、どこも言ってないオリジナルだと思います。絵文字(握った手)
 
楽山には、自分は霊が分かるっぽいと書いた記事があり、批判されても、無反応です。楽山にあるのは、霊能者気取りをはじめとする様々な気取りと、三文芝居と、現実と超常の混同と、不都合を無視するアドラー教からの自己中です。
 
楽山を相手にしてはいけません。疲労して、楽山と同じように、知性も感性も鈍麻して、自分に頷き続ける人形のような精神異常になる恐れがあります。それに、楽山には、オリジナルな思想は、何一つありません。都合のよいところを、拾って、引用~悪用するだけなのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
@komo266
さん
ちなみに、大川隆法を嫌だなと思うのは、人を尊敬せず、大切にしないところです。
教団初期は、谷口雅春や高橋信次から多大の恩恵を受けながら、その後はこき下ろした。
きょう子夫人についても五人の子供をもうけながら、その後はこき下ろした。
こういうところは嫌悪感を抱かないではいられない。
 
楽山を嫌だなと思うのは、人を尊重もせず、大切にもしないところです。楽山と長く遣り取りをして、異常な疲労感を覚えた人は少なくないでしょう。楽山は、温もりと潤いに満ちた人間らしさが欠落しているので、質の悪い歯車のような仕掛けで、堂々巡りし続ける迷惑分子です。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
HSのオリジナルな仏法真理は膨大だから
仕方がないのかもしれないネ
 」
いやいや、今どきHSに限らず、
オリジナルなんてものはそうそう無いです。
どんなものでも先行する何かに影響を受けてるものです。
 
楽山には、オリジナルなど全くないと言ってよいでしょう。このように、自分の欠点を、一般化して、自分を相対的に、正常に見せかけてきます。理解力がないため人真似も上手には出来ないので、言葉の端々だけ真似て、自分の意見であるかのように吹聴しています。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
それだから
先人の影響を認め、リスペクトする人は賞賛され、
オリジナルと言い張り、先人の功績を認めない人は軽蔑されるんですよ。
 
自らの不遇を、自ら英雄視しています。これが、自己愛性パーソナリティ障害NPDの自己顕示欲です。先人にも、聖書にも、書物にも、学ぶことが出来ず、ゆえに、訂正不能の自我によって、分かっているんじゃ芝居を、何度も何度も、意地になって、繰り返すしかないのです。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
アナタが「トンデモ発言」と毒づく仏法真理とは何なのでしょうね?
 」
これは誤読です。こんな感じかな。
楽山「P氏はトンデモ発言してる」
P解釈「楽山は仏法真理をトンデモ発言とした」
P氏にとって「私の言葉を否定するのは仏法真理を否定することだ」ということかな?
 」
 
違うようです・・相手がトンデモ発言していることを、楽山が毒づいていることの正当性を担保する仏法真理を、何なのかと聞いているようです。楽山は、答えることが出来ないので、また、詭弁を並べて返したつもりになっているようです。
 
嘘、詭弁、印象操作、妄想、霊能者気取り、無反省、無責任、罪悪感や羞恥心の欠如、無神経、冷酷、等々、楽山は、トンデモ発言製造工場のような、雑な木工細工なのです。人間の温もりがなく、生気がなく、曇った仮面の節穴から、いい加減発言を、正義であるかのように振り回してきました。
 
★こも/楽山日記3
@komo266
ちなみに、私がORはTSワールドから出れないというのは、こういうこと。
・ORのすべての教えの土台には霊的真実がある
・この霊的真実はTSの霊界観に多くを依拠している
・ORがどんなに沢山の教えを説いても、この霊的真実を土台としている限り、TSの影響下にあり続ける
 」
★こも/楽山日記3
@komo266
ぶっちゃけ、ORは、神、霊界、霊的法則などの霊的真実以外の教えを説いているとか、高橋信次の影響は受けていないとかいうのは、
ORの言葉の上っ面だけ見て、その背景の思想とか、理念とかを全然感じ取れてないからだと思います。
 
「ORの言葉の上っ面だけ見て、その背景の思想とか、理念とかを全然感じ取れてないからだ」
・・ORのことを、自分は、背景も理念も、深く分かっている、という、楽山の自慢です。批判に答えられないのに、よく言います。背景、思想、理念、楽山から感じたことはないです。
 
教祖願望が強く、趣味のアニメから宗教に至るまで、霊と超常で語ろうとしてきた楽山は、全く、その器でないことに、妬みでもあるのでしょうか。それゆえ、他者について、「言葉の上っ面だけ見て」いると言い、自分こそ、人知も理念も、超常も、深く分かっていると妄想するのでしょうか。
 
実際は、人間一人の気持ちさえ察することできない楽山です。霊的真実も、何的真実も、楽山が言っても排泄に過ぎないのは、人間理解に関わることで、楽山の手に負えるものが何もなくて、何を言われても、感じず、考えず、無視して、言い張りだけを続けていられるからです。
 
楽山ほど厚顔になったら、人間としての言論生活や社会生活は、だます以外できなくなり、楽山のように、超常の宗教に、そして、妄想に、逃げるしかなくなるでしょうか。そうならないために、楽山には、関わらないでください。近づかないでください。楽山を相手にしないでください。
 
 
 
丁寧な口調で控えめなわりに、大きな話をする人。・・本当に、性格が控えめで丁寧な人は、大袈裟な話はしないだろうということを考えて、丁寧で控えめで・・のほうを疑って、様子を見てゆくと、やっぱり丁寧な口調は、カムフラージュで、高慢な偽善者だったと分かることがあります。
 
 
詭弁の雑言

詭弁の雑言
 
 
(2021年12月05日)
 
 
 
 キーワード:雑
 
 
  通過と圧力
 
次から次に礫(つぶて)を投げてくる口は
ちょうど列車が通過するガード下
を通過するように無言である
 
光を除外した反射を幾たびも経て
細く向けられる上目遣いの
耳を持たない微笑の眼差しは
うっかり渡ってしまった横断歩道上の
歩行者に迫り来る轟音(ごうおん)と雑言(ぞうごん)である
 
であるからであるを繰り返して
階段を下りてくる論理が
転げ落ちるしかなかったように
すべて嚥下(えんげ)して受けてしまったものは
 
下って落ちてゆくしかないものとして
すでに口を通過しており
食道を通過して胃を腸管を・・・
詰まりであるからも糞(くそ)もなく
 
ゆっくり潰しにかかる種々の圧力によって
ワームの消化管が失ってゆく容積に等しい
 
 
  人の往来
 
利発な新芽の子らは溌剌(はつらつ)として歩み
しばしば見つからない目標から外れながら
未だ懺悔(ざんげ)も罪さえも知らぬまま
長い後悔の旅を気づかずに始めている
 
辛辣(しんらつ)な林の大人は雑木の目測に遑(いとま)もなく
枝葉の区別も構わず枚挙に充(あ)てて
呆気(あっけ)にとられた日々を追う
 
街へ行く人
街から帰る人
ただ黙ってうろうろする人
雷雲の中を山から下りてきて
ずぶ濡れで稲光と轟音に囲まれ
身も心も冷えきって夏に震える人は
ポンコツのオートバイをさらに傷めて
ヒューズが飛んだ
ヒューズが飛んだ
方向指示器が点かなくなったと
狼狽(うろた)えて目を剥(む)いている
 
暢気(のんき)にここら界隈(かいわい)
呵々(かか)と笑う営みの声を聞き流し
今日一日を畳もうと出かけたときには
あんなに晴れていたのに
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら 誤ったら 素直に詫びて 自分 正さなくちゃいけない」「それが出来て 初めて人間だと それ出来ないなら 人ではないと」「嘘ばかり 重ねる君よ 保身だけの 卑怯者の君よ そんな君は 魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと 最大限の反省と共に 開いた出店を 畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
誰かが注意しても、聞く耳を持たない楽山は、反省も謝罪もしておらず、邪悪な性根の根深さが治りません。「人間の性」「自分もそんな風です」などと言って、人間一般のように、醜い詭弁の言い訳をしていますが、成り立ちません。自分を見ないで人のばかり言ってきた楽山の、人間離れの悪と罪と偽善です。
 
楽山は、ツイッターで、他者に、議論?のつもりで、いちゃもんをつけて、遊んでいるようです。何を書いても、自己愛性人格障害として批判対象にしかならないのに、それでも、書いてくるのは、その病質によって、自分は出来るんだ妄想が膨らんでくるからでしょう。
 
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
(古い記事は載っていません)
 
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
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