楽山ツイッター(3)2
 
 
2021年の楽山の、無理解からの、努力ではなく、使命でもなく、務めでもなく、真面目でもなく、ふざけ半分の、趣味のような、憂さ晴らしのツイッターです。生きる楽しみが、意地の悪い趣味以外にないのだろうかと思います。
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·6時間
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」の影響が垣間見えますな。
つーか、詩人、作家であれば、「限りなく透明」という表現は避けそうなもんだけどね。
午後8:15 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
村上龍の「限りなく透明に近いブルー」は、読んだことがあります。楽山は、この題名の「透明」の意味を分かっているのでしょうか。「透明」は、存在しないかのように、無視される、「ブルー」は、悲しみでしょう。
 
楽山は、「透明」を、まさか、透き通って美しい・・みたいな意味に捉えているのでしょうか。それで、「詩人、作家であれば」「避けそうなもんだ」、と言っているのなら、楽山の読解力は、ひどいものです。ひょっとして、読んでいないのではないかとさえ思います。
 
読んでいないのなら、上のような悪口は、それこそ、何の根拠もないことになり、村上龍をネタにしているだけだから、相手を選ばずに論(あげつら)う酷い侮辱です。楽山は、存在感もなく透き通って、人をブルーにする透明人間なのでしょうか。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·6時間
「自分の意思で信じています」と、わざわざ強調してあるところが、
二世、三世信者の現状を如実に表してるなあ…。
午後8:04 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
楽山に、宗教批判をする資格はありません。この3年余り見てきましたが、楽山の書く文章には、まともな根拠が、まるで示されていないからです。書いてきたのは、揶揄、嫌がらせ、いちゃもんだけです。なぜそうなるかと言えば、楽山が、無反省・無神経・無責任・無理解、そして鈍感だからです。
 
楽山の言うことだけは、どうか、信用しないでください。楽山は、自己愛性人格障害(自己愛性パーソナリティ障害NPD)から、ゴシップ好みで、笑って茶化しているに過ぎません。受け取っても、何の助けにも参考にもなりません。
 
 
心機一転★こも楽山
@komo266
·14時間
前半の話は聞いたことあるけど、後半の話は初めて聞きました。なるほど。
喜べる人はより喜べるようになり、嫉妬深い人はより嫉妬深くなり惨めになるというのは、恐ろしいけど、真実なんだろうな。
引用ツイート
Testosterone
@badassceo
 · 15時間
友人や知人の成功を一緒に喜んであげられる人になろう。それができれば友人や知人の数だけ喜べる数も増え、友人や知人に良いことがあるたびに自分も幸せになれる。逆に、それができない人は友人や知人の数だけ嫉妬の数も増え、友人や知人に良いことがあるたびに惨めな気持ちになる。この差は超デカい。
 」
午後0:04 · 2021年4月17日·Twitter Web App
 
楽山は、二進法のような安易すぎる是非の誤判断はしても、共感性がないので、喜びと悲しみを共にすることが出来ません。ゆえに、ルサンチマン的な嫉妬からの惨めな気持ち、そして、その反発として、敵意、揶揄、無責任な否定、幼稚な動機からの笑い、といった低次元の反応しかしてこなかったのです。
 
「喜び」と「惨め」さと書いて、心に響くような説明もなしに、物差しで測るような単純な理路で、「この差は超デカい」という、表現を強めるだけの軽薄な形容で、つまり、これも、笑いのネタにしているだけなのです。
 
楽山は、人間らしく喜ぶことが出来ないので、意地悪に笑えることだけを求めています。人格も、理路も、感性も、破綻して、「恐ろしい」事態になっているのは、楽山です。真剣味がなく、他者は雑談のネタに過ぎないのでしょう。
 
刹那的な常套句の遣り取りという見せかけだけの付き合いを続けて、長く親身になって付き合うことのできない楽山からの、にじみ出てくるような敵意と怨念が筆致の裏に隠されています。恐らく、真面目に考えるということが出来ない障害なのだろうと思います。
 
楽山には、人生の目的がなく、他者について、自らの惨めさから嫉妬して、怨念のようなものがベースとなり、そこから物を言うゆえに、感受する焦点がズレて、理路が歪曲し、理解から遠のき、他者の欠点ばかりをあげつらい、揶揄して、面白がるだけになっているのでしょう。
 
(ネットより)
ルサンチマン(仏: ressentiment、 (フランス語発音: [rəsɑ̃timɑ̃]) )は、主に弱者が強者に対して、「憤り・怨恨・憎悪・非難」の感情を持つことをいう。
・・・
ニーチェによれば、ルサンチマンを持つ人とは「本来の『反動』、すなわち行動によって反応することが禁じられているので、単なる想像上の復讐によってその埋め合わせをつけるような徒輩」[1]である。
 
 
心機一転★こも楽山さんがリツイート
うさ@宗教2世・非定型うつ
@merry_ura
よく奇跡の体験などで「信仰して病気が治りました!」って体験談出てくるけど
信者 かつ 病気が治った人
を切り取っているだけに見える。他にもいろんな人がいるのにね。
同じ病気の信者と未信者を集め、長期的にデータをとって「信仰すると○%治る確率が上がりました」ってしないと納得できないよ
 」
午後0:37 · 2021年4月16日·Twitter for iPhone
 
データの選択による偏りを言っているようです。信仰は、病気が治る呪(まじな)いではありません。信仰は、心の救済であって、物や肉体の奇跡のご利益ではありません。また、信仰は、データを取って有意だから信じる、などというものではありません。超常のことは、神にお任せするのが信仰です。
 
楽山は、宗教に恨みがあって、おとしめたいので、こういう見方に賛成してリツイートするわけですが、楽山自身が、霊が分かるっぽい超常の自覚から、奇跡を起こす人になりたがっているのです。結果は、人をだまして面白がる悲惨な絶望への一方通行です。
 
 
心機一転★こも楽山さんがリツイート
藤倉善郎YoshiroFujikura@やや日刊カルト新聞総裁
@SuspendedNyorai
近所の人やキリスト教界隈の人等から情報が寄せられれば教会に確認したりとかできますが、そういう取っ掛かりがないと難しいんですよねえ。あと、仮に特定できたとしても公表するかどうかは事情によります。
引用ツイート
「「
サボ
@apple200apple
 · 7時間
返信先: @SuspendedNyoraiさん
クラスター感染を引き起こした教会が一体どこなのか、取材して特定して貰えませんか? お願いします。そんじゃそこらの宗教被害やカルト宗教よりも、話題性があるかも。
https://tokai-tv.com/tokainews/article_20210416_168068
午前9:14 · 2021年4月18日·Twitter Web App
 」」
 」
 
楽山の悪趣味に合わせて、教会のクラスター感染を載せて、キリスト教を間接的におとしめている悪意が、かえって露骨になります。クラスター感染があったのなら公表し対策を講じるべきでしょう。どんなときも、決して、楽山に関わらせてはいけません。
 
また、いつもの、他者の口を使えば、自分が言ったのではないから責任がないじゃろ・・という楽山の厚顔無恥の企みです。引用した責任というのが分からない楽山です。楽山という悪性スピーカーには良心がありません。嘘と詭弁によって刷り込んで欺く者は、医学では扱えない悪性の病原です。
 
下手に楽山を参加させると、自己愛性人格障害の意地悪、無反省、無責任ぶりに、近くにいるほど、長く付き合うほど、頼りにすればするほど、忘れられないほどの消耗と疲労を味わうことになります。決して関わらないでください。
 
 
独り言の人生

独り言の人生
 
 
(2021年)
(2022年05月28日)
 
 
 
  祈り・永遠の命
 
過ごしている時間と
過ぎた時間の
長さの違いのようなものだ
 
計られ記録に残る時間と
計れず記憶に残る時間
の違いのようなものだ
 
どんなに長くても短くても
誰がそれを掴むことができようか
 
途方もなく
知らない部分が多すぎて
大方は知らない時を過ごしている
 
長さでは計れない時に在って
私の時を御手に委ねます
と祈りながら耐えられず
さらに心のうちに呼ばわる
 
主よ、私ではなく、あなたが
永遠と名付けられたものを賜るなら
一生は一瞬でよいのです
 
 
  捨てる
 
破り捨てることは
いつでもできる
書くことはいつでもできる
わけではない
 
捨てることはいつでもできる
君の中の僕の記憶のように
何てやすやすと
僕はまだ生きているのに
 
書いたもの全部
引きずって
何て重たいと
つぶやいたのは
書かれたものたち
 
もう放しても
いいよ
 
 
  悲しい顔の先
 
生きている間に見るがいい
紛れもなく有機物である人間の顔
そこから目をくりぬき舌を抜き
耳と鼻をそぎ落としたとして
いくつかの穴だけを伴った
首の上に乗っているのっぺらぼう
 
どれが涙でどれが血かわからなくても
凄惨な穴と穴の
位置と形態のあり様は
やはり人間の顔の迫真であるはずだ
 
生きている間に見るがいい
やがて失われていく水分のために
無数のしわが隠していくもの
頭皮を剥ぎ皮膚と筋肉をそぎ落とし
さらに乾燥して光沢さえ見せるされこうべは
不気味に笑っているかのようで
そういった悲しみの成れの果てに
下顎が落ちて
転がった先を無機質という
 
生きている間に見るがいい
土と石の中から無機質のかけらを
拾っては丁寧に泥を取り去り
集めては手に取って眺め
つぶやくように
「下顎骨・・・」と
深く静かに息をつかせるもの
見られている先を人間という
 
 
 
楽山日記へのコメント再録 ( 1.が誰のコメントかは不明 )
1. 隆くんへ 2019年07月26日 22:53(抜粋)
「間違ったら誤ったら素直に詫びて自分正さなくちゃいけない」「それが出来て初めて人間だと それ出来ないなら人ではないと」
「嘘ばかり重ねる君よ 保身だけの卑怯者の君よ そんな君は魅力の欠片もないのに」「失敗した君は 大きな過ちを犯した君は 最大限の償いと最大限の反省と共に 開いた出店を畳むしかないんだよ」「人間で在り続けるのなら 人で在り続けるのなら」
 」
2. 楽山(自由) 2019年07月27日 09:13
反省、謝罪は大事なことだと分かってても、これを実践するのは難しいんだよなあ。恥ずかしながら、自分もそんな風です。これも一種の、人間の性なんでしょうかね。
 
 
世辞と芝居と嘘と詭弁で出来た人生は、朽ちてゆくガイコツのようなものです。「だよなあ」「恥ずかしながら」と書いても、実感などは無くて、しらばくれる卑怯さが、一種異様な臭みをもって、鼻を突き、目を乾かし、口を歪ませているだけなのです。実りなき偽りの人生です。
 
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
(古い記事は載っていません)
 
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
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(ここは、ブログ記事をリンク・抜粋)
 
 
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