ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2010年12月


  夜の絵の記憶
 
夜の波は銀箔のしぶきを上げて
島の海岸に打ち寄せる
海岸に沿って見たこともない草木の
影の列から金箔の星が昇る
雲に乱された空は深い深い底だ
波と空の間、陸と空の間
重く沈みながら閃光が行き交い
原始の力をむき出しにしあるいは蓄え
飾ることなく
手を加えられることを明確に拒否している
誰も寄せ付けない夜に
異形の光が昇り沈み
落ちて跳ね返り放たれ叩かれ
それがそのまま異形の闇の連なり
さまざまに生きて
死んでゆく様子の中に
人影はまるでない
気配すら
いちばん最初に拒まれたかのように
いたるところにある
ここは禁断の島のひとつ
生誕の場であり墓場である
それら二つが光の速度と闇の速度で
儀式もなく記録もなく同時に営まれている
もし間違って一人でも
この浜に人を立たせたなら
一言もなく夜の場に圧倒され
足跡も残さず消滅するだろう
 
(1997年2月11日)
 
 
 
 
 


  微生物
 
疲れたときには伝説が一つ
散ることも咲くこともなく
終わりのない物語の
序曲と余韻に
しおりを挟んで
明日への冷ややかな虚構と
原稿から本棚への疑問符とともに
すうっと胸に落ちるだけでいいのに
あたり一面に
眠らない微生物が
静けさを沈黙に変えて
沈黙の耳を敷き詰め
殺すでも生かすでもなく
責めるでも癒すでもなく
渇きの荒れ野に放り出す
姿は見えず消え去ることもなく
まだ終わらない一日を問い続ける
物言わぬ声
問いに問いを重ねて
耳に止まない歌声は
いつしか私の中にいつも住んでいて
昼となく夜となく
微生物たる証を求める
微生物たる私を求める
 
(1997年3月28日)
 
 
  悲しみと苛立ち
 
隔たりが限りなく増幅され
壁が傾き始め
天井と壁が妙に重たいのに
支える柱がぶら下がって揺れる
外には誰もいなくなり
たとえ誰か話していても歩いていても
人でも生物でもないので
殺意を抱くが力なく
仰向けに転がってしまい
ふと親の顔が過って
顔の上の空間が邪魔で邪魔で
天井が落ちてくるのに
天井から果てしなく落ちていく
目を開けても閉じても
冷たくも温かくもない
雨粒に浮遊しながら
五体の呼吸が
居るとも居ないとも
疑うことさえ移ろうのに
広がってゆく白亜の瞳孔から
しきりに抜け出そうとしている
 
(1997年5月14日)
 
 
 
 
 


  飲兵衛さんの思い出
 
昔学生の頃
バイクで帰ってきて
路地へゆっくり入ったところで
赤いお鼻の
飲兵衛(のんべえ)さんが
バイクに近寄ってきて
紙切れのようなものを差し出して
訳の分からないことを
たいそう不機嫌そうに言うもので
うるさいから無視して進もうと
エンジンを吹かし始めたら
怒ってバイクの前に
立ち塞(ふさ)がってしまった
腹が立ったが顔を見ると
やり場のないものが
鬱積(うっせき)しているらしい
どうしよう
このままでは帰れない
無理にバイクを前進させれば
ぶつけて怪我(けが)をさせるか
喧嘩(けんか)になって
こちらが怪我するかも知れない
しかたないと諦(あきら)めて
エンジンを止めて紙切れを見た
数字が書いてあった
電話番号のようでもあるが
よく分からない
近くの通りの公衆電話のことなど
首をかしげながら話していると
顔が和(なご)んできた
のに気づいた
最後にはニコニコ
笑って通してくれた
気づいた
怒った飲兵衛の話など
まともに聞く人はいなかったのだ
皆ごまかして逃げるか
力ずくで押しのけるか
しかしこの飲兵衛さん
にだってプライドがあった
あちこちで角を立てながら
さらに傷つきながら
求めていたのだ聞き手を
関わるまいと逃げる人
から聞く人へ
キーを回して
エンジンを止めるという行為
それは聞き手になりますよという
こちらの意思表示になったのだ
あのとき思った
案外精神科医に向いている
かもしれないという見込み
は見事に外れたが
患者になってしまった今は思う
心を病んでいる人も
それぞれの精神の
受け皿を持っている
 
(1999年06月22日)
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思いがけず、自分が和ませた、癒したかのような
気持ちになっていましたが、
飲兵衛さんもいろいろです。乱暴な人もいるかもしれません。
たまたま、そういう飲兵衛さんに出会ったひとときの間、
そういう出会いによって私が、ある意味、
思いがけず、和んだ、癒された、つまり、
そういう飲兵衛さんがいて、よかった、ほっとした、
という思い出かもしれないと今は思っています。
・・・・・・
まあ、正直言うと、どうしよう、ちょっと怖い
と感じていたということで・・・
・・・これで少しは自分に正直になれたかな?・・・、
神様の前で正直に・・・なれたかな・・・???
 
 
 
 
 


  入眠時幻覚
 
寝入り端(ばな)に
たまに見る
入眠時の幻視
決まって紫煙だ
くっきりと緩やかに乱れる
目を凝らそうとすると
ふうっと消える
そして意識は背景を映し
覚めてしまう
たまに聞く
入眠時の幻聴
決まって声だ
私の名を呼ぶ
何度も何度も
でも実際は二度か三度
そして覚めるか眠ってしまう
誰も呼んではいない
でも何度も何度も
誰も呼ばない声が
意識と背景の後ろから
呼ぶのだろうか
呼ばれたいのだろうか
 
(1998年2月7日)
 
 
  浮腫が示すもの
 
眼瞼の浮腫はいずれ破裂して
一番薄い皮膚を引き裂くであろう
不可逆であれ一時的であれ
原因がフェナセチンであれピリンであれ
腎障害や肝障害であれ
心機能の限界であれ
一度起これば次第に頻発し
前より重くはなっても
軽くはならないものがあるのだ
浮腫は破裂して皮膚を引き裂くだろう
裂け目から流れ出るのが
涙であろうと水であろうと血であろうと
裂け目に蔓延(はびこ)り残るのが
いかなる黴菌(ばいきん)であろうと
いかなる有機物や無機物であろうと
そのとき既に視力は奪われ
意識は喪失し
命は旅立つのだ
生命は性霊のように大切だから
意思は遺志のように儚く尊い
しかし浮腫(むく)んだ皮膚が
常に示してくるのは
再会も音沙汰もない生別と
死別の違いにも似て
滅びないであろうこの世に生きながら
自らが滅びるとき自らにとって
この世の滅びを問い続ける細い管から
漏れて戻り損なう循環だ
そう ゆえに
皮膚はいずれ破裂して
浮腫を緩やかに引き裂くであろう
 
(2001年07月28日)
 
 
 
 
 


  回転性めまい
 
さっきから私のまわりを
くるくる回っているのは
もちろん私なのだが
その私のまわりを回っているのは
この私なのだ
 
回っていたはずの
電子は確率の雲という
未来は知らないだけなのではなく
本質的に未来?
過去へ逆算すると
別の私もあり得たというのか
 
二十年前のこと少しは覚えているが
十年前を予想だにしなかった
十年前のこと少しは覚えているが
今を予想だにしなかった
今はいつも今
過ぎ行く今
今に新旧はない
過ぎ行く私
新しい私
古い私
いなくなった私
新旧の私をつなぐ
未来は見えない
 
時は天体から作られた物差
あるいは暗黙の便宜
時は計ることができる
私の時は測れない
 
無数の確率
ルーレットの回転を経て
今の私が回る
ギャンブルは苦手
つきに見放されて
子宮から地上に転がってこの方
眺めるばかり
月が回る
日が回る
地球も回っている
らしいが今はどうでもいい
さいころの目が見えない
石ころの目が回る
 
(1997年7月18日)
 
 
  繰り返しとプロセス
 
涸れた井戸から
底の抜けた桶に汲み上げる
空っぽでもなければ空気でもない
何度も何度も繰り返す
それで一生が終わる
満たされるものは何か
生まれ落ちたときから
死に定められている
たとえ死が自殺であろうと死ぬまでは
生に定められている
死なずにいることに定められて
自然の営みに惹かれるとき
どこか人であることを厭うている
知恵をつけ悪知恵をつけても
欠けているものに気づくに足りず
やさしさに共鳴できる底の浅い鍋の情と
突き放す厳しさや冷たさに似た
苔むした岩のような頑固さを身につけても
どれもこれも不十分でしかあり得ず
数々の失敗の繰り返し
同じ無駄と過ちの繰り返し
のうちで覚えているものには
そういう性と業の人でしたと
みんな受け入れたとして無理矢理
ただひとつだけどうしても
納得できないことは何故この愚かさが
必要もなく生まれてきたのか
何故この世は偶然を弄(もてあそ)ぶのか
また繰り返している
それで満たされるものは
死を上回る死の影に映る境界
が消滅してゆくひとつの病
のプロセスあるいは子守歌
 
(1999年04月12日)
 
 
 
 
 

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