ウソの国:st5402jpのblog

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2011年06月

何もかも無駄に思えてきます・・・
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自嘲
 
 
この俺が説教か
フッ・・と
自分を笑える人は幸いです
 
思いを述べるだけなら
人の欲求として当然であり
そっと差し出す気持ちがあれば
好ましいこともあります
 
しかし
自分の言うことが人のためになる
という訂正不能な
使命感さえ持ってしまうことがあって
それは結局
人が自分と同様になることが望ましい
という判断を繰り返すことになると気づかないまま
自分と異なるものを悪と見なして排除し
狂わせてゆきます
 
しっかりすることを岩石と勘違いし
うわべだけ柔和なことを語り合っているつもりだが
実は禁句だらけなので
真面目でも自由に発言したら
お利口になれないのです
行いにおいて既に横暴なのですから
 
何かを崇(あが)めることが
ときには人間性を失わせることがある
という最悪の例なのです
誰かが忠告しても無駄なようです
染み付いているからです
欠点ならば自覚も可能ですが
染み付いたものは自覚されにくいようです
だから「染み付いた」というのでしょう
 
そういう人に限って何度でも
救われた導かれたと
たやすく立ち直る特性を持っていて
過ちを正さず
繰り返すことになるのです
 
この俺が説教か
フッ・・と
自分を笑える人は幸いです
 
(2011年06月30日)
(2011年07月01日、若干修正)
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最初と最後は映画「ロッキー」の台詞だったと思います。
そこだけ感動的でした。
私は自分の言うことが人のためになると思っていないか。
少し思っているかもしれません・・・
頭がおかしくなったのか。怖いことです・・・
 
 
 
 


信仰者の感謝
 
 
感謝だけでは
信仰は語れない
 
感謝する人の
善い話と
感謝しない人の
善くない話だけでは
信仰は語れない
 
感謝できないこともある人の心
 
人の心に触れ
人の心を通して
人の心を考えなければ
神の下にある人の信仰は語れない
 
悲しみから仰ぎ祈り求めるところから
信仰は始まるのではないのか
 
救われたという体験によって
すべてが感謝に変わって
そのままの感謝が一生続くだろうか
 
幾つも幾つも躓(つまず)きの石があり
何度も何度も躓いては
跪(ひざまず)く
その危うさを知っても
なお信じることに帰るしかないのだ
 
信仰者の感謝は
安定ではない
安定を装うことでもない
 
傷だらけの人として
帰るところに
待たれているという信仰ではないのか
 
(2011年06月29日)
 
 
 
 

私のコメントは承認されないので、ここに書くしかないのですが・・・
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「讃美の家」→「聖書の聴き語り」→「7×7×10=無限」
における私の未承認コメント、即ち「「讃美の家」批判7」の続き:
 
 
讃美の家・無題:「嵐」
>美しい月の輝きの中で、嵐はほんの一瞬なのだ。
>必ず過ぎ去るのだ。
>にもかかわらず、人生に嵐が襲うと、
>人は言う。「なぜ神さまは・・こんなことを・・」
>自分を主語にしてきた人が、
>苦しみの日になると、いきなり神を主語にして、神のせいにする。
 
人生の嵐と苦しみの試練についての記事としては一見美しい文章ですが、
 
「必ず過ぎ去るのだ。」
まるで死を願われているようです。
2011/6/29(水) 午前 4:31[ st5402jp ]
 
「苦しみの日になると、いきなり神を主語にして、神のせいにする。」
あなたか誰かが「神のせい」にしたかどうかは分かりませんが、
嵐に遭い苦しみに見舞われた自分の試練については語っても
 
苦しみを与えた自分、さらに与え続けている自分については語らない
という姿勢と態度は変わらないようです。
 
あなたはレスの姿勢と態度によって苦しみを与え、
明確な一つの行為によって決定的な苦しみを与えました。
 
それを改めることもなく、このような記事を書くことを
先に「信仰者の被害者意識」と呼んで、私は
こちらの記事を書きました。
 
私はあなたに苦しみを与えたかもしれないが、それは
あなたが私に与えた苦しみに対する不可避的な反応です。
神の前に正当化は出来ませんが、
あなたという人の前に遠慮する気にもなれません。
2011/6/29(水) 午前 4:32[ st5402jp ]
 
私は真面目に真剣に書いてきたつもりです。
あなたは何故
「分からないから、また気が向いたら考える」
「受け入れられないからレスできない」
という書き方をなさらなかったのでしょう。
あるいは何も言わず
レスを書かないというやり方もあったはずです。
 
ノーレスは必ずしも否定ではありません。
しかしコメントの不承認による不可視化は
実質上削除と同じでもあり、
迷惑コメントと同様に扱う行為は、
相手を(信仰の)敵と見做す行為です。
牧者である信仰者によって敵と見做されることが
どんなに辛いかを人として考えてください。
 
未承認コメントを1コメ漏らさず公開して下さい。
さらに真面目なコメントについて今後一切
不承認による不可視化や削除をしないでください。
それが成った時点で、まだ形式的だが、
一応の和解成立の一歩と見做します。
 
今のあなたに言っても無駄なのでしょうか・・・
2011/6/29(水) 午前 5:07[ st5402jp ]
 
(2011年06月29日)
 
 
「聖書の聴き語り」→「迫害者から使徒へ」
 
>人は誰でも自分を義とし、自分の正しさによって生きようとするなら、
 
人が神の義に生きているか
自分の義に生きているか分かるのは
神だけです。
パウロは殉教し、暴力的強制力を使っていません。
にもかかわらず、神でもないのに
あなたは私の口を強制的に封じました。
 
>私たちは自分に対しても、他の人に対しても迫害者であるばかりではなく、
>何よりも生ける神に対する敵対者となるのです。
 
「自分に対しても、他の人に対しても迫害者」
行いにおいて明確に私を排除し迫害したのは誰でしょう。
「生ける神に対する敵対者」
いつからあなたは
神の判断ができるようになったのでしょう。
 
何を言っても無駄のようですね。残念です。
2011/6/30(木) 午前 11:04[ st5402jp ]
 
(2011年06月30日、追加)
 
「牧師のSOS」
>人はよく一生懸命人のために良かれと思ってなにかをしようとするのですが、
>ときには神の代理人を演じてみたり、
>人と人の間にあるべき境界線を見失ってしまいやすいように思われます。
 
「神の代理人」として、斬首のように、
書く以外に能のない人と人との間に
生死を分けるような残酷な境界線を一方的に引いたのは誰でしょう。
2011/7/2(土) 午後 11:33[ st5402jp ]
 
(2011年07月02日、追加)
 
 
 
 

前の記事から思い出した旧作3つ、
再投稿かどうか、はっきりしません。
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正当性
 
 
熱を持たない夕日に焼けただれた雲の下
地雷の眠る森は暗く重く沈んで
明日までよみがえることはあるまい
焼かれてもいない正当性は
例えば単に
まっすぐな樹木の
どこが微妙に曲がっているか
を問うより間違っていた
辻褄や口裏は合わせられても
夕日もなければ森もない
元々熱を持たない正当性を
作られた角度から
いくら繰り返しても
いかなる納得の念じ方も
地雷の重みを示すこともできず
ましてや夕闇の雲と地平を
鋭角に貫くものなどあるわけもない
いわれもない念仏
永遠によみがえることはあるまい
 
(1996年12月17日)
 
 
 
  動かない死
 
 
肉体は座ったまま
動かなかったので
次第に乾いていった
頭皮から離れたフケが髪の間に点々として
かつて食したであろう食物の残渣が口角でひび割れ
鼻から頬にかけての皮脂が乾いて
こわばったうろこのように落ちかけていた
 
そのまま消えていくと思っていた
座ったまま便通は圧迫され
腸の動きは眼のように不明だった
眼脂に覆われていたのである
 
やがて形なく
透き通り
消えてゆくはずのもくろみは
思いに反して
よりかたくなで
固い肉体を作り出していた
 
心は座ることができなかったので
乾いてはいても
絶えず何かを思わずにはいられなかった
とうに周囲とは無縁であったが
いつしか清潔な裸体を想像していた
 
明日はなく
昨日は捨て
今日の消滅を願っていた
来る日も来る日も
死は肉体よりも心に近く
そのくせ清潔な裸体ばかりを描いていた
 
(96年か、それ以前)
 
 
 
信じ方
 
 
病人よ
病人よ
汚れた肉体を布団に残して
どこをさまよっている
多くの顔と名前が乱れて去っていった
彼岸のあたりか
そこから命はもう行けない
魂は抜かれるだろう
抜歯のようにこともなく
麻酔でしびれた
歯肉の穴の形を
固まりかけてまだ熱を残している
血の味と臭いとともに
舌が探っている
抜かれた魂の
跡の形を探っている
 
顔のない天使の合唱が近づいて来る
♪どうしても救えない
 どうしても救えない・・・(遠ざかる)
何も知らない少女が
教えられたとおりに歌うような
くりかえしに
思わず顔をしかめる
 
恵まれているのか
試されているのか
許されているのか
裁かれているのか
わからない病人よ
信じ方を忘れた病人よ
忘恩と裏切り
魂の責め苦に寝返った
肉体は痛みを離れてゆく
 
(96年か、それ以前)
 
 
 
 


隠滅の森
 
 
信仰者にとって信仰は命である
 
人を死に定められるのは
神のみである
 
人が人の信仰を否定することは
神の如く振舞う人が
魔女狩りのように
人を死に定めることに等しい
 
そのようなことが
まかり通る世であるなら
神ならぬ人によって死に定められて
日々ため息とともに
せめて神によって世から除かれ
この世から消え去ることを祈り願っている
 
気づくのが遅かった
かつて親しみ
日溜りに見えたところは
地雷に守られた暗鬱な森であり
規定の通路を踏み外せば
人を葬り去る墓場である
 
その森では
証拠は隠滅され
真実は粉飾され歪曲される
 
生ける者は一人もいない
いつ幽霊の森は気づかれるだろう
いつ地雷の森は見つけられるだろう
森では今も
眠ったまま放置された屍の上で
感謝と讃美が幽霊と偶像に捧げられている
そして人を刺し殺す人工の光と
闇を隠す化け物に
引き込まれた人々は額ずき
しだいに化けながら談笑を続けている
 
(2011年06月28日)
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・・・そろそろ、書いても無駄だから、やめようとは思いながら・・・
 
 
 
 

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