ウソの国:st5402jpのblog

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2011年11月


危惧の絶滅
 
 
絶滅するのですが
絶滅を危惧されない種なので
元気です
衒気でしょうか
験気でしょうか
幻・気・・・でしょうか
 
気を失うというのは
倒れることですか
眠ることですか
記憶がなくなることですか
正気でなくなることでしょうか
 
人間でなくなることでしょうか
人でなくなることでしょうか
 
ひょっとして
正気で元気で平気でいられることでしょうか
 
気を得ることがありましょうか
気は付きものなのでしょうか
気は取りつくものなのでしょうか
 
幽霊も悪魔も化け物も離れません
つきものだから
それらが人に取りつくのではありません
人がそれらに取りついているのです
そこから罪を犯し
 
愛するのです
 
 
 
分別病
 
 
ときとして分別しがたく
互いに一方が他方の種をまく
 
自らを除外してはならないだろう
 
他者だけに起源を求めるべきではない
 
善いことも悪いことも
好ましいことも忌まわしいことも
誉めることも責めることも
 
(2011年11月29日)
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言行不一致だな・・・と嘆いても無駄なんだが・・・
 
 
 
 

数学サイト
http://blog.livedoor.jp/mazra627/
から
TV「たけしのコマ大数学科」より
第156回「ダイアゴナル」
 
問題1:
 
1辺の長さ1の正方形のタイル800枚を隙間なく並べて、
縦25、横32の長方形を作ります。
この長方形の対角線1本が通過するタイルの枚数を求めてください。
 
さらに一般的に
問題2:
 
1辺の長さ1の正方形のタイルを隙間なく並べて、
縦m、横nの長方形を作ります。(整数mとnは互いに素)
この長方形の対角線1本が通過するタイルの枚数を求めてください。
 
問題3:
 
1辺の長さ1の正方形のタイルを隙間なく並べて、
縦m、横nの長方形を作ります。(mとnは整数)
mとnの最大公約数をGとする。
この長方形の対角線1本が通過するタイルの枚数を求めてください。
 
 
まず図1のように小さい長方形を考えてみる。
 
イメージ 1
 
図1の黒い線は、横4:縦3の長方形の対角線である。
4と3は互いに素である(公約数を持たない)ので、
長方形の対角線は格子点(正方形の頂点)を通らない。
対角線は長方形内の横の線2本と、縦の線3本と交わる。
交点数は2+3=5個である。
左下から対角線が通過する正方形タイルの数は、
最初の1個+交点を通るとき1つずつ増える。――――――――(1)
∴ 通過するタイルの数=1+交点数=6枚となる。――――(2)
 
図1の赤い線は、横4:縦2の長方形の対角線である。
4と2は最大公約数が2なので、2:1の長方形が2つ並んでいる。
2:1の長方形において対角線は横の線0本と縦の線1本と交わる。
長方形内の交点数は1個である。
4:2の長方形の対角線と格子線との交点数は、
1×2+格子点1個=3個となる。
最初の1個+交点を通るとき1つずつ増えることに変わりはなく、――(1)
∴ 通過するタイルの数=1+交点数=4枚となる。――――(3)
また、(2:1の長方形のタイル2枚)
      × 最大公約数2=4枚とも言える。―――――(4)
 
これらのことを踏まえて、
 
問題2の解答例として:
mとnは互いに素であるから、格子点を通らず、
横の線が(m-1)本、縦の線が(n-1)本だから、
長方形内の交点数は、(m-1)+(n-1)
通過するタイルの数は、(1)と同様に、
最初の1個+交点を通るとき1つずつ増えるので、
 1+(m-1)+(n-1)=m+n-1 となる。---(問題2答え)
 
したがって
 
問題1の解答として:
25=5^2 と 32=2^5 は互いに素であるから、
通過するタイルの数は、25+32-1=56枚 ----(問題1答え)
 
問題3の解答例:
イメージ 2

最大公約数Gなので、m=pG,n=qG と表すことが出来る。
そして、p,q は、互いに素である。
p:q の長方形内の交点数は、(p-1)+(q-1)
m:n の長方形の対角線上に、p:q の長方形G個を並べた形となる。
(3)の考え方では、m:n の長方形内の交点数は
((p-1)+(q-1))×G
   +(通過する長方形内の格子点数が(G-1))
=m+n-2G+G-1=m+n-G-1
∴ m:n の長方形において通過するタイルの数は(1)より、
 1を足して、m+n-G ----(問題3の答え?)
(4)の考え方では、
通過するタイルの数は、
 (p+q-1)×G=m+n-G ----(問題3の答え?)
 
※ (3)(4)は、4+2-2=4 ということになる。
また
問題1と違って、例えば
縦25:横35の長方形の場合は、最大公約数5だから、
通過するタイルの数は、25+35-5=55 となる・・と思う。
 
(2011年11月28日、同日若干修正)
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なんか、今までに比べると比較的やさしい問題を、
やたら面倒くさく考えてしまった気もします・・・
 
目も頭も冴えているわけでもなく
夜の狭い洞窟の奥の灯りの下に
眠れない時間を過ごしている
苔のようにへばりついて
 
私はこの程度ということで、
・・・一応書いたので載せときます。失礼。
 
 
 
 


異界
 
 
私がこの世に示せる好意は
身を引くことでしかなかったのだろう
 
私が正しいと考えたことは
この世では悪と呼ばれ
無と見なされ
偽りと呼ばれるものであったらしい
 
この世の人ではなかった
 
ゆえに信仰者によって信仰を否定され
私の心は最初から無かったか
壊れていたか
異種であったらしい
 
嵐は去り悪魔は滅び神は勝利したと
どこか別の異界の人が
異言するだろう

 
いかなる説教に対しても
意見を述べる無駄だけが跳ね返る
異界から異界へ
 
もう死んだのに
もう死んだのに
 
どんなに叫んでも嘆いても
ずっと不在です
 
 
 
盗人
 
 
食べ物を盗んだのは私です
たくさん盗みました
そのあいだ消耗品は私の盗んだ分だけ
消耗しました
 
いなかったのに
 
排泄して汚して迷惑をかけたのは私です
そのあいだ排泄物は私の分だけ
増えました
 
死んだのに
生きてなどいなかったのに
私にとっては誰もいなかったのに
 
いったい何を言い
しでかしたのか
 
こんにちは
今日はお元気ですか
お見限りですか
 
さようなら
それでは離れて
もうお会いすることもないでしょう
 
誰にも会ったことはありません
 
これが今までのすべての時において
気づくべき唯一のことでした
 
(2011年11月27日)
 
 
 
 

 論理的思考も
 情緒・感性も
 元々出来がよくないのに
 益々衰えてきた
 
 年のせいなのか
 病気のせいなのか
 怠惰のせいなのか
 
 意欲も集中力もおかしいし
 くよくよすることも多くなり
 一つの問題にこだわって
 一つの悩みにこだわって解決しない
 すっきりしない
 不全感・・・また引きずって
 PCに向かう
 
 PCに向かえるひとときが今あるだけでも
 幸いなのかもしれない・・・
 
前の記事
「等分点・オイラー関数・ファレイ数列」
において
等分点は端を含まないので個数は(n-1)、
オイラー関数のほうはnを含む、ということで、
2つの問題を混同して、こんからがって述べた気がして、
すっきりしないところがありました。
高校レベルで理解できる初歩的なことだから、
数学の得意な人には笑われそうですが、
私の頭を整理するためにも、少し丁寧に
もう一度書いてみたくなりました。
それで
似たようなものですが、
次のような問題を考えてみます。
 
ここでは、n=p^r×q^s ――――――――――――――(1)
 と素因数分解できるものとして
 
問題1:
ある線分の2等分点、3等分点、4等分点と順に
「新しい等分点」にだけ印をつけていきます。
 n等分点も印をつけたとき、
(n-1)個のn等分点の中から
ランダムに1個の点を選ぶとき、
それが「新しい等分点」である確率を求めなさい。
 
問題2:
1~nまでの整数の中から
ランダムに1個の整数を選ぶとき、
それがnと互いに素となる整数である確率を求めなさい。
 
まず確率の基本的な考え方として、
 
 確率P=(特殊な場合の数 C )/(全部の場合の数 T )
   P=C/T である。 ――――――――――――――――(2)
 
問題2は
確率を先に求めることができる。
nと互いに素になる(公約数を持たない)ということは、
素因数がpとqだから、
pの倍数でもqの倍数でもないということである。
(1)より、nはpの倍数なので、
n=K×p とおける。
pの倍数は、1×p、2×p、・・・、K×p、のK個である。
したがってpの倍数となる確率は、(2)より
 K/n = K/(K×p)= 1/p
 ∴ pの倍数とならない確率は、(1-1/p)
(pの累乗は、pの倍数に含まれるので、
 (1)の指数、r、s、は考えなくてよい。)
同様に考えると、nと素になる確率、
即ち、pの倍数でもqの倍数でもない確率は、
 (1-1/p)×(1-1/q) となる。----(問題2答え)――(3)
このことから(2)のC、
つまりpの倍数でもqの倍数でもない個数は、
 C=T×P=n(1-1/p)(1-1/q)―――――――――(4)
つまりオイラー関数ということになる。
また、これは、言い換えると、
分母をn、分子を1~nとした分数の中で、――――――――――(5)
約分できない分数の個数とも言える。―――――――――――――(5)
ここで、n/nは、約分できて1となるので、
場合の数つまり個数としては、(5)は、
分母をn、分子を1~(n-1)とした分数の中で ――――――(6)
約分できない分数の個数と同じである。――――――――――――(6)
 
問題1については、
「新しい等分点の個数つまり場合の数」は、
分母をn、分子を1~(n-1)とした分数の中で ―――――(7)
約分できない分数の個数ということになる。 ――――――――(7)
約分できれば分母は、nより小さくなり、
2~(n-1)等分点の中に出てくるので
「新しい等分点」
にはならないからである。
(7)は(6)と同じであり、
(6)は(5)と、個数としては等しく、それは(4)であるから、
「新しい等分点の個数」は(4)に等しいことになる。
これが、前の記事の「新しい等分点の個数」を求める問題において
オイラー関数が答えとなる根拠である。
 
以上より、
確率の基本である(2)の
(特殊な場合の数 C )は、問題1でも問題2でも同じ
ということが分かる。
 
しかし、求める確率となると、
問題1と問題2とは違ってくる。
(全部の場合の数 T )が、―――――――――――――――(8)
つまり選択肢の数が問題1では(n-1)であり、――――――(8)
問題2では、nになる。
 
したがって
確率については、(問題2答え)の(3)と同じにはならず、
 
(2)の基本、(7)=(6)=(4)、(8)より、
問題1の求める確率は、
 n(1-1/p)(1-1/q)/(n-1) ---------(問題1答え)
 =(n/(n-1))×(1-1/p)(1-1/q)---(問題1答え)
 
となり、問題2より少し高い確率になる・・と思う・・(?)
 
(2011年11月23日、また同日若干修正・・・ふぅっと息)
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くどくどと長々と同じ問題について再び書いてしまいました。
すっきりした論理的文章と解答が書けなくてすみません。
これでも、まだ、勘違い、間違いなど、あるかもしれません。
コメントいただければ幸いです。失礼いたしました。
 
 
 
 


神の愛と人の愛
 
 
信仰者は神の愛を想うから
隣人愛においても
神の愛を施そうと想ってしまう
 
神の愛を説いているはずだと
聖書の言葉について語る
しかし人の愛は
たとい聖書の言葉を用いても
終に神の愛に至ることはない
 
語るとき既に
人の解釈を通しているからだ
 
だから聖書を語るとき
その時々のTPOと相手によって
聖句を人の言葉として生かそうとしなければ
「やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである」
(コリント1-13:1)
 
人が想う神は
想うところに描いているイメージの偶像である
 
人が想う人も
想うところに描いているイメージの偶像である
 
人と人は対話によって
ある程度の修正が可能だから
その分だけ共感が可能だが
それでも終に人は人を理解することはない
さらに対話がなければ何の理解も共感もない
 
まして相手が神ならば
イメージの偶像は
経験によってイメージが変わることはあっても
偶像であることは変わりようもなく
終に人は本当の神を理解することはない
神は人が理解できる対象ではなく
ゆえに神の行為も奇跡も人が理解できる対象ではなく
神が理解させたと人が理解できる対象でもない
 
神の愛も人の愛も
つまり信仰も
人が想い信じるところでは
アダムとイブの原罪と同じ原罪によって成り立っているのである
人は原罪を自覚して信仰に至るが
なぜか信仰の原罪だけは自覚しないようである
 
人は神に届かないのに
神との合一を目指して語り
神の道を歩もうとして
歩んでいるつもりになっているだけだ
 
信仰と希望と愛のうちで
最も大いなる愛(コリント1-13:13)
を語った使徒パウロと
今生きている人の間に
解釈と偶像という大いなる原罪のギャップを認めない信仰者は
罪を認めず
それゆえ神を恐れず
神の愛の偶像によって
人の愛を汚してゆくのである
 
(2011年11月20日)
 
 
 
 

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