ウソの国:st5402jpのblog

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2013年09月

 
 先の短い爺には
 間に合わないくらい
 微小は限りなく0に近づいて
 微小が微小のままなら
 消えてしまって跡形もないのだが
 微小の無限和や
 微小を微小で割るとき
 無でも無限でもなく
 明らかな形が
 滑らかな曲線が
 ときに現れて来て
 労うようで
 意地悪そうな微笑を浮かべて
 紙とペンを持つ爺にも言うのです
 
 「徒労、お疲れさま、先は長いよ」
 
 
 
ネットで検索して見たのは物理数学のサイトだったらしい。
積分式も ∫・・・dV とか書いてあって、体積で積分?と、
さっぱり分からなかったが、今考えてみると、
dVは、微小な厚さを持つ断面の無限和という意味だったかもしれない。
でも、それを使いこなせないので、
やっぱり馴染みのある高校数学レベルで試みてみる。
 
今回は立体で、円錐と半球の重心を求めたい。
面の無限和とも言えそうだが、
極めて薄い微小な厚さを持つ断面の無限和
とも言えるだろう。
位置はどちらも x 軸上にある。
今回は xy 座標 で計算しました。
 
G=(厚さが微小な断面積×その位置)の無限和/(全体の体積) ――――(1)
ということになる。
(1)の式の「位置」を表すのは x で、
断面積の微小な厚さが ⊿x になるようだ。
(「扇形の重心を積分で」で重心と積分を勉強した分、前の扇形より少しは楽かもしれない??)
 
 
問題1:半径 r、高さ h、円錐の重心
図1)
イメージ 1
 z 軸 は 省略しているが、
重心が断面の円の中心であることは明らかなので
重心は x 軸上にあり、
重心G(p,0,0)とする。
 
y=(r/h)x ――――――――――――――――――――(6)
これが断面の円の半径になる。
 
(1)の分子
つまり、厚さが微小な断面積×その位置の無限和、これをKとすると、
その微小な部分は、⊿K となる。
厚さが ⊿x の円柱の無限和とも言えるので、
 
 ⊿K = π((r/h)x)^2・x・⊿x 
 (このまま(7)に持ってゆくこともできるらしいが)
 
 ⊿K/⊿x = ( π(r/h)x)^2・x
    ↓
    ↓ ⊿x → 0 (右辺に⊿xがないので、そのまま)
    ↓
微分(dK/dx)= π(r/h)^2・x^3
 
 ∴ K = π(r/h)^2・∫「0~h」x^3 dx ――――――(7)
 
    = π(r/h)^2・(h^4)/4
 
    = π(r^2)(h^2)/4 ―――――――――――――(8)
 
(8)が(1)の分子、分母は円錐の体積 = hπr^2/3 ――――(9)
 
ゆえに、(8)/(9)の計算となり、
重心 x 座標の p = (π(r^2)(h^2)/4)/(hπr^2/3)
 
         = 3h/4 =(3/4)h
 
以上より、円錐の重心 G ((3/4)h,0,0)
 
つまり、円錐の重心は、頂点から (3/4) h のところにあり、
底面の円の中心から (1/4) h のところにある。 ――――――――(答え1)
 
 
問題2:半径 r の半球の重心
 
解答例2:
図2)
イメージ 2
 z 軸 は 省略しているが、
これも重心が断面の円の中心であることは明らかなので
重心G(p,0,0)とする。
 
y=√(r^2-x^2) ―――――――――――――――――――――――(2)
これが断面の円の半径になる。
 
(1)の分子
つまり、厚さが微小な断面積×その位置の無限和、これをKとすると、
その微小な部分は、⊿K となる。
厚さが ⊿x の円柱の無限和とも言えるので、
 
 ⊿K = π(√(r^2-x^2))^2・x・⊿x
 (このまま(3)に持ってゆくこともできるらしいが)
 
 ⊿K/⊿x = π(r^2-x^2)・x
    ↓
    ↓ ⊿x → 0 (右辺に⊿xがないので、そのまま)
    ↓
微分(dK/dx)= π(r^2-x^2)・x
 
         = π(r^2・x-x^3)
 
 ∴ K = π∫「0~r」π(r^2・x-x^3)dx ――――――――(3)
 
    = π [ r^2・x^2/2-x^4/4 ]「0~r」
 
    = π(r^4/2-r^4/4)
 
    =πr^4/4 ―――――――――――――――――――――――(4)
 
(4)が(1)の分子で、分母は 半径rの半球の体積=2πr^3/3 ―――(5)
 
ゆえに、(4)/(5)の計算になり、
重心 x 座標の p = (πr^4/4)/(2πr^3/3)
 
         = 3r/8 = (3/8)r 
 
以上より、半球の重心 G ((3/8)r,0,0)
 
つまり、半球の重心は中心から半径の(3/8)のところにある。―――(答え2)
 
 
 
 とても小さくて
 どこへ行ったのだろう
 とても小さくて心細そうだったのだけれど
 傷心のうちに隠れて見えないのだろうか
 闇の中に潜んでいるのか
 遠くからの光に吸い込まれたのだろうか
 光の中に散乱したのだろうか
 大きさも重さもない点の存在が
 広く広く果てもない波動に同期して
 焦点に向かって終息したというのか
 それとも収束と発散を
 宇宙と木陰を
 高慢と心貧しさを
 一筋の清らかな
 直線でも曲線でもなく
 時空とも呼べないところへ
 透き通ったまま通り抜けて行ったのだろうか
 水とも火とも
 あれは・・・と
 名付けられる前に
 
 
(2013年09月30日)
(2013年10月02日、若干修正)
 
 
 
 

 
  円は三角形の最も美しい姿だ
  中心は無数の三角形に頂かれており
  円の面積は
  円周を底辺とし半径を高さとする三角形の面積に等しい
  三角形は円満に回帰する
  三角形と三角関係の違いだ
 
 
積分と言えば、それだけで難しい気がするが、
ネットで調べてみると・・やはり難しい(嘆)
・・ということで、
私が知っている高校数学レベルの範囲で考えてみた。
 
 
「重心を積分で求めてみる(?)」
 
 
問題1:扇形の重心
 図のように
 半径r、角度α の扇形の重心を求める。
 
イメージ 1
解答例1:
 ネットに載っていた積分式は難しくて分からなかったので、
 拙い我流だから間違っているかもしれないが
 
半径r、角度θ、微小な角度の増分⊿θ、の扇形を
図2に描いてみる。
 
イメージ 2
なお微積分で使いやすいように、
角度θ=(弧の長さ/半径r) ----------------(1)
即ちラジアンで表すことにする。
 
重心を求めるということは重心の位置を求めることだ。
位置には、xy座標、極座標、ベクトル、複素数・複素平面、
などが用いられるが、
ここでは、xy座標を求めることにする。
が、座標を表すのには極座標のrとθを用いる。
この問題では、rとθと⊿θで計算して、
最終的な答えとしては、重心 G の xy 座標、
即ち、G ( x 座標 、 y 座標) を 
それぞれ  r と α で表すことを目的とする。
 
ラジアン角では(1)より
弧の長さは、
 弧AB=rθ
 弧BB’=r⊿θ という掛け算で表すことが可能だ。
円周 2πr から計算すると
 2πr×(θ/2π)=rθ 
弧ABは同じ答えになる。以後、この説明は省略する。
また面積は、
 扇形OAB=rθ×r/2 = r^2・θ/2 ---------------(2)
 扇形OBB’=r^2・⊿θ/2 と表すことが出来る。---------(3)
(「・」も掛け算の記号)
(三角形の無限和として 高さ=半径、底辺=弧の長さ
 として計算してよいことになる)
円の面積 πr^2 から計算すると
 πr^2×(θ/2π)=r^2×θ/2 
(2)と同じ答えになる。以後、この説明は省略する。
 
⊿θでできる△OBB’は、二等辺三角形なので
△OBB’の重心は、OHを 2:1 で分割する点G’になる。
 
ここで、⊿が付く数は、微小であり、
かつ限りなく0に近づく性質を表す。
したがって、微小な⊿θの世界では、
⊿θで出来る△OBB’と扇形OBB’は等しいと見なす。
つまり、△OBB’の重心G' は扇形OBB’の重心  ----------(4)
と見なしてよいということになる。
ゆえに微小な⊿θレベルでは、弧BB' と 線分BB' は重なり、
OG' の長さは、OH = OM = r の 3分の2 と見なされるので、
 (2/3)r として計算してよい。 ------------------------(4)
△OBB’に、より近づいたやり方としては、
OG’=(2/3) r cos(⊿θ/2) とすることが出来るが、
⊿θ→0 では、cos(⊿θ/2)→1 なので、計算結果は同じになる。
 
(別に珍しいことではない。冒頭にも書いたが、
 小学校で円の面積の公式を説明するときに
 円を、中心を頂点とするたくさんの三角形の集まりとして
 「三角形を増やすと、ほら、円に近づくでしょ、近づくでしょ、」
 と習ったような気がする。
 結局、底辺が円周に近づき、高さは半径に近づき、
 限りなく近づき、
 つまり、円の面積は、
 円周×半径÷2=直径×円周率×半径÷2
 =2×半径×円周率×半径÷2=半径×半径×円周率
 これは微小な三角形の無限和、
 紛れもなく積分の考え方である。)
 
さて、重心の考え方についてだが、
ある物体がいくつかの部分に分かれていて、
それぞれの部分の物体の重心(の位置)は分かっていた場合、
全体の重心(の位置)は、
 
 ((部分の物体の体積または面積または重さ)×(それぞれの位置))の和
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――
       (全体の体積または面積または重さ)
 
という足し算と割り算で求められる。
  
無限和の場合が積分になる。 (
円ならば重心は中心に一致するのだが)
扇形の重心を求めるこの問題では、
 
   {(⊿θで出来る三角形の面積)×(それぞれの重心の位置)}の無限和
  ―――――――――――――――――――――――――――――――
       (αの角度の全体の扇形の面積)
 
まず、重心の x座標 Gx を求めてみる。
分母の角度αの扇形の全体の面積は、
(2)(9)でも分かるように、 r^2 ・α/2 である。 ―――――――――――(12)
(4)を考えて、
重心の、x座標Gx =
((扇形OBB’の面積)×(扇型OBB’の重心)の無限和)/(r^2・α/2)  ――(9)
 
微小な扇形OBB’=△OBB’の面積は
左辺扇形=(r^2・⊿θ/2) ――――――――――――――――(5)
右辺三角形=2×rsin(⊿θ/2)×rcos(⊿θ/2)/2
  =r^2・sin(⊿θ/2)cos(⊿θ/2)
  =r^2・(1/2)sin⊿θ  ―――――――――――――――(6)
(B' から OB に垂線を下ろすと、(6)は直接導かれます。
 G' を表示するために、まわりくどい計算になりました。
 
微小な扇形OBB’の重心x座標Gx’は、
 Gx’=(2/3)r・cos(θ+⊿θ/2)  ――――――――――(13)
もう一度、図2
を示す。
イメージ 3
分子の扇形OBB’の面積×重心の座標(x座標)の無限和を Kと置くと
微小なKは、⊿K、
(4)を考慮して、
(6)の△OBB’のほうを用いると、⊿Kは(6)×(13)だから、
(微積分記号は、ここだけの表記です。すいません。)
 
 ⊿K=r^2・(1/2)sin⊿θ×(2/3)r・cos(θ+⊿θ/2)
 
 ⊿K=(1/3)r^2・sin⊿θ×r・cos(θ+⊿θ/2)
 
 ⊿K/⊿θ=(1/3)r^2・(sin⊿θ/⊿θ)×r・cos(θ+⊿θ/2)
    ↓
    ↓ ⊿θ→0、 (⊿θ/2)→0、 (sin⊿θ/⊿θ)→1
    ↓
微分(dK/dθ)=(1/3)r^3・cosθ ―――――――――――(7)
 
ゆえに、K=∫「0からαまで」(1/3)r^3・cosθ dθ
 
     =(1/3)r^3 [sinθ]「0からα」
 
     =(1/3)r^3 sinα ――――――――――――――(8)
 
(5)のほうを用いると
⊿K=(r^2・⊿θ/2)×(2/3)r・cos(θ+⊿θ/2)
⊿K/⊿θ=r^2・(1/3)r・cos(θ+⊿θ/2)
  ↓ ⊿θ→0
微分(dK/dθ)=(1/3)r^3・cosθ 
よって、(7) と同じになり、結果は(8)となる。
 
以上より、分子が(8)であり、
 
ゆえに求める重心の x座標 Gx は、
 
分母の角度αの扇形の全体の面積が
(2)(9)(12)に書いたように r^2 ・α/2 だから、
 
 Gx = (1/3)r^3 sinα /(r^2・α/2)
 
    = 2rsinα/(3α) ―――――――――――――――――――(10)
 
求める重心の y座標 Gy は、
x座標の場合の「cos(θ+⊿θ/2)→ cosθ」の部分が
「sin(θ+⊿θ/2)→ sinθ」になり、
Gx と違うところは、
 Gy’= (2/3)r・sin(θ+⊿θ/2) になることだけだから、
つまり積分される関数を  cosθ から sinθ にすればよい。 
 ( sinθの積分は、(-cosθ) )
 
K=∫「0からαまで」(1/3)r^3・sinθ dθ
 
     =(1/3)r^3 [-cosθ]「0からα」
 
     =(1/3)r^3 ((-cosα)-(-cos0))
 
     =(1/3)r^3(1-cosα)
 
ゆえに、Gy=(1/3)r^3(1-cosα)/(r^2・α/2)
 
      = 2r(1-cosα)/(3α) ―――――――――――(11)
 
まとめると、(10)(11)より、重心G(Gx,Gy)は、
 
  G ( 2rsinα/(3α)、 2r(1-cosα)/(3α) ) ――――(答え1)
 
 
以前、回転体の「?の定理」を利用して、半円と4分の1円の重心を求めたが、
(答1)によって一般角αで求められたことになる。検算を兼ねて、
 
問題2:半円の重心
 
解答例:
(答え1)に α=π を代入して、
 
G(0,2r(1-(-1))/(3π))
            = (0, 4r/(3π)) ―――――――(答2)
 
 
問題3:四分の一円の重心
 
解答例:
(答え1)に、α=π/2 を代入して、
 
G(2r×1/(3×π/2)、2r(1-0)/(3π/2))
 
       = ( 4r/(3π), 4r/(3π) ) ―――(答3)
 
 
この記事はこの辺にして少し休んでから、
次は円錐と半球の重心を書いてみたいと思っています。
 
 
(2013年09月29日、同日、記事タイトル修正、および一部修正、結構あちこち加筆修正)
(2013年09月30日、若干加筆修正)
(2018年09月20日、一部修正)
 
 
 
 

 
   逆
 
 
神を信じている神の民であるから
愛に生かされており愛に生きるために
罪を犯さないようにしましょう
というのが信仰ではありません
 
人はそのような悟りを実行できるほど
出来の良い生き物ではありません
 
逆なのだと感じます
 
この世界はもちろん
自分の中にも
外にも内にも不条理があり
その不条理に耐えられない人々が
神を求め
そうしなければ生きられないのだと思います
 
起源においても個人においても
人が知るのは不条理であって
そこで生きるための必要として
信仰が生まれるのでしょう
ゆえに逆なのです
 
すべての人に分かる絶対の規範があるから
それに従いましょう
ではなく
他者も自己も訳が分からないから
その不安と不定から
安らぎと不変の存在を求め
信じなくては生きられない人がいるということです
 
それこそが
人がいかに定まらず
安定しない存在であるかを示しているのです
 
したがって本質的に人の信仰は
最初から最後まで祈りであり
切なる願いであり
その希望が救いであって
人は神ではなく
不条理と不安定の存在として
変わり続けるしかないのです
 
不変の安定はどこまでも神のものです
 
信じれば不変の安定を得るなら
それは神になることに他ならず
達し得たと悦に入ってうそぶく者に気を付けてください
 
絶望は常に希望を求めるが
傲慢は常に求めるより安きを売ろうとするでしょう
 
 
(2013年09月26日)
 
 
 
  創造(再録)
 

今の今
今しかない
今に長さはない
時に長さはない
時などない元々
神は今を創造された
人は過去と未来を想像している
感じる
感じるから存在する
存在するから居場所を求める
場所などない元々
神は存在を創造された
存在は場所を想像している
そのように
神は人を創造された
人は神を想像している
 
ばあちゃんが失禁した
ばあちゃんは落ち着かない
ばあちゃんはわからない
何もわからないから
わからないことをする
それが病気だから
病的なことをする
と思われてきた
ばあちゃんは感じる
感じるから想像する
想像がはっきりしないから不安になる
感じるから不安になる
不安だから落ち着かない
ばあちゃんは失禁する
存在するから失禁する
 
存在するから不安になる
不安になるから言葉を求める
人は言葉を求める
言葉は神であった
言葉は神から贈られた
ウソは人から送られてくる
 
 
(1996年、またはそれ以前)
 
 
 
 

 
つまらないことばかり考えていました。
その結実(経過)がこの程度です。
 
 
  「和と積分」
 
 
和の極限が積分で
差の極限が微分か
 
「立方数の和」で書いた和の公式は
つまるところ積分に関係しているようです。
 
和の公式は整数の和、
積分は連続実数の和とも言えそうです。
 
1^3+2^3+・・+n^3=(1+2+・・+n)^2  ------------(1)
 
             =(n(n+1)/2)^2 -------------(2)
 
(1)は、積分にも当てはまるようです。
 
積分の公式:
 ∫x^p dx = (1/(p+1))x^(p+1)
       =x^(p+1)/(p+1) ------------------(3)
 
(情けない積分記号と x(エックス)で申し訳ないですが・・)
 
積分の範囲は(0からn)までの定積分として、
以下その表記を省略します。
 
 ∫ x^3 dx =(∫ x dx)^2   --------------------------(4)
 
    =n^4/4=(n^2/2)^2=(n・n/2)^2 -----(5)
 
(4)と(1)は、ともに「3乗の和」が「和の2乗」になる -------(6)
ということを意味しているようです。
 
(2)と(5)は、その値としての式が少し似ています。 ---------(7)
 
 
(7)に関連して、
 
2乗の積分は、
 
 ∫x^2 dx = n^3/3 -------------------------------(8)
 
平方数の公式は、
 
1^2+2^2+・・+n^2=n(n+1)(2n+1)/6 -------(9)
  (一見すると全然似てないようですが、少し変形すると)
     =n(n+1)2(n+(1/2))/6
     =n(n+(1/2))(n+1)/3 ----------------(10)
 
これは(8)の積分の (n・n・n)/3 に少し似ています。----(11)
 
少し近い、少し似ている和の公式と積分は、もちろん
等しくはなりません。
 
さらに、(2)と(5)、(10)と(11)を比べると分かるように
和の公式は積分より大きいようです。
 
  図1 上昇曲線なので
イメージ 1

図に示したつもりのように、
積分は曲線下の面積ですが、和の公式は
曲線に沿って描いた長方形の集まり、つまり階段の面積だからです。
 
図によって、和の公式>積分 であることも分かると思います。
 
しかし図の長方形の幅を限りなく狭くして
長方形の数を限りなく増やすと曲線下の面積になります。
 
私が若い頃には、その極限値を求めて、
曲線下の面積を求めることから積分に入ったような記憶があります。
 
今は、微分の逆を積分として、そのうえで
積分が曲線下の面積であることを証明しているようでした。
そちらのほうが私も分かりやすくはあるのですが・・・
 
以上、お粗末でした。
 
 昔書いたこと
 
 過去は忘却の積分であり
 現在は喪失の微分である
 
 
(2013年09月19日)
 
 
 
 

前の記事とも関係しますが、
別のブログに書いたコメントなども参考にしながら、
今回は戦争体験者と被害者の心について、
同じ立場に立つことは
戦争体験のない私には無理ということを承知の上で、
甚だ不充分ながら、
現時点で推測できる範囲のことを書いてみたいと思います。
 
 
日米の太平洋戦争は、日本の先制攻撃、
つまり日本軍の真珠湾奇襲によって始まりました。
 
そしてアメリカは
日本の多くの都市に無数の爆弾を落としました。
さらに広島と長崎に原爆を落としました。
 
また南の島々での戦闘では、日本軍は壊滅的となり、
アメリカ軍にも多数の犠牲者が出る結果となりました。
 
真珠湾奇襲でのアメリカの犠牲者は約2200人余り、
 
例えば東京大空襲の犠牲者は約10万人、
 
広島と長崎の原爆の犠牲者は
合わせて約20万~30万人以上とも言われています。
 
(ちなみに9.11同時多発テロの犠牲者は3000人余りという)
 
日本の攻撃に対してアメリカの報復は、
いったい何倍返しになるのでしょう、
余りにも酷い仕打ちという意見もありますし、
私もそれを否定するわけではありません。
 
しかし、どちらが先に攻撃したかとか、
どちらが悪いとか、どちらが酷いとか、
そういうことを考えてみても切りがないような気がします。
この記事はそういうことを書くのが目的ではありません。
無理を承知で、ここでのテーマは心です。
 
 
アメリカには、日本軍によって、
真珠湾のみならず、南の島で殺された兵士の親族~子孫が、
今は仲の良い国、あれは戦時のことと思っていたとしても、
わだかまりを持って生きていることを考えるべきでしょう。
 
そういう人々にとって、何倍返しをしても、
日本は戦争を仕掛けた国であるという事実は、
基本的に認識においても心情においても、
微妙に影響を与えて続けているような気がしてなりません。
 
それは日本の戦争体験者や原爆被害者にとっても同様で、
体験した人々にとっては、
原爆による日本人の犠牲はあまりにも大きかったけれど、
 
結局は体験から直接に生じていて、
どっちが先、どっちが大きい、ということでは語れない
しこりのような感情があるような気がします。
 
しかも、当事国双方において、
それら個人の感情は、生じてしまったことを
誰も責めることが出来ない当然のことなのです。
 
 
人間一人の器において、その心に与える影響について、
いかなる経緯を語り、いかなる数値を持ち出しても、
体験は、いかなる理屈も事実も圧倒して、
傷を残し、しこりを残し、わだかまりを残すということです。
 
 
言い換えると、
日本軍に親族を殺されたアメリカの人に
原爆は言い訳にも説明にもならず、
原爆被害者に日本の先制攻撃は
言い訳にも説明にもならないということです。
 
体験者や犠牲者の親族と子孫にとって、
戦争当事国双方とも個人においては
質的比較も量的比較も、
どっちが悪い、どっちもどっち、お互いさま、
などという話も通用しないということです。
 
これから先、再びそういう経験をして、
あるいは経験させて、
傷、しこり、わだかまりを残すことのないように
したいのは言うまでもないことですが、
 
日本では奇跡的に70年近く戦争がないけれど、
世界の各地では今も戦争が絶えません。
そこには国の思惑や利権が関係して、
戦略的な計算をしているようですが、
そのために今も多くの人々に、
傷も、しこりも、わだかまりも残し続けています。
 
今に至り、これからに続く、過去からの続きのような、
人間一人一人の心を蚊帳の外に置いてゆく組織的な
計算システムの習癖が働いているような気がします。
 
語りつくせませんでした。失礼。
 
 
※(蛇足ながら、
  また日本では過去と仮定の話になりますが)
戦場では、
味方の死には悲しむが、その分、敵の死には鈍感になり、
戦友の死によって募ってゆく敵に対する憎しみによって、
自動小銃よりもオートマチックに、
戦意と戦闘が維持され加速されてゆくのだと思います。
そして
それを承知で国は兵士を訓練し
殺人マシンとして送り出してきたような気がします。
 
 
(2013年09月11日、同日一部修正)
 
 
 
 

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