ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2013年09月

 
今回は反核兵器について思い出したことです。
昔テレビで見たドキュメンタリーの話ですが・・
 
 
一人の少女が原爆反対を訴えるためにアメリカに行って
集会所のようなところでアメリカ人と話していた。
 
A.あるアメリカ人には
「じゃあ、真珠湾はどうなんだ」と
 歴史認識で言い返された。
 
B.別のアメリカ人には
「すべての国が(原爆を)持つべきだ」と
 抑止力の正当化で言い返された。
 
 
原爆つまり核兵器には
大きく分けて2つの問題があり、
しばしば混同されている。
 
1.広島と長崎に原爆を投下する必要があったかどうか
 という歴史認識の問題。
 
2.今ある核の脅威の問題、これからの脅威でもあるが、
 この問題にも当然ながら広島と長崎は登場する。
 原爆の被爆都市が広島と長崎しかないからだ。
 
A.では、1.が語られた。議論には値するが、
 新事実が後になって明らかになることもあって、
 歴史解釈は難しく、時間がかかるだろう。
 
B.では、2.についてだが、
 通常兵器による自衛ならば
 無抵抗ではないというメッセージとして
 自衛力の保持による抑止力も考えるべきかもしれない。
 しかし
 核の抑止力は国と国が核で脅し合うという実態であり、
 それによってミサイル発射を抑制するという後付けの理屈だ。
 そして核兵器の場合は
 相手国のミサイル基地や原発を狙うことで
 一挙に壊滅的事態を招来する。
 つまり通常兵器と違って
 時を待って途中で停戦や講和を検討する時間がない。
 そういう性質を持つ核兵器を所持して、
 はたして脅しが脅しのまま永続するだろうか。
 
 
少女のもとから一人去り二人去り結局
大方の人が去って行って、
独りで泣いている少女に
一人だけ残った高齢のアメリカ人が
慰めるように寄り添っていた。
 
 
(2013年09月06日)
 
この記事は捏造ではありませんが、
かなり昔の記憶なので不正確なところはあるかもしれません。
私が受けた印象を中心に書いています。
 
(2013年09月08日、若干修正)
 
 
 
 

 
  顔
 
 
戻ってやり直せる顔が何処にある
 
産道から虐待から苛めから
転落から落胆から老衰から
屍に向かって
こすれ潰れてゆく
何という仮初の顔をさらして
うそぶいてきたのか
 
風に向けた顔が
濡れていても腐っていても
いずれ干からびた不在へ
 
いつの日もこの地上に
ふるさとはなかった
 
やり直せる顔が何処にあるだろう
 
 
 
  幸福
 
 
幸福という名は
いかなる刹那に付与されたか
 
大きさも形も
当ても果ても知れぬ時の位置とは
 
通わせている
通じ合っている
交わす微笑の何処まで
 
今はとどまっているだろう
 
雨に濡れ
剥がれかけたポスター
 
 
(2013年09月06日、同日一部修正)
 
 
 
 

現時点ではフィクションです。
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永眠時幻覚
 
 
去年は電話で済んだことが、
今年は手続きに来いと言う。
母は介護施設、兄は入院、私は無職なのだが。
金がかかるだろうと、もめたあげく
解約した生命保険の払戻金についても
証明をもらって来いと言う。
 
最近は乾いた一本調子の
事務的な声を聞くと気が滅入る。
 
ふと思いつく。
死ぬときには別の声を聞くだろう。
子供の声、女の子の声。
 
なぜなら多くの人は誰かの死に際して
背中を押してきたからだ。
祖母に冷たい一言、
うるさい伯母に邪険な態度、
父とのいさかい、
(生きている母とも口喧嘩)
後ろめたいことはいっぱいある。
 
悪魔か死神のエンジェルだろうか、
事務的な声とは違って、
あどけない声で問いに来るだろう。
 
彼らもきっと聞くのだろう。
誰でもきっと聞くのだろう。
背中を押したことを忘れている人に
思い出させるための声。
 
いつかきっと死に臨んで
少女が近くで
ささやきに来る。
 
「わかったあ?」
 
 
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現時点ではフィクションです。
 
入眠時幻覚というのは経験したことがあります。
入眠時の意識レベルが低下しつつある状態で、
幻視は煙草の煙、幻聴は私を呼ぶ声でした。
 
 
(2013年09月03日)
 
 
 
(※ 以下は、昔、父に言った一言。
  内緒のことでもないが、
  最近は、よく吐き出したくなるようです。)
 
 
父に言ったこと
 
 
昔のことである
父に言ったことがある
大学を留年して進路に迷っていた時期
「言いたいことがある」と言う父に
私は言ったことがある
「僕はお父さんを信頼していない」
父は言葉を詰まらせた
「お、お前ねえ・・・
人の気持ちというものを・・・」
そのあと父が何を言ったか
言わなかったか覚えていない
父は読書家である
戦争のために貧しさのために
大学へは行けなかったが
努力家で物知りである
父は自らを厳しく律してきた
家族のためである
だからそれなりに
人生観に自信があったのかもしれない
よく説教めいた話をした
しかしあの頃だけは
何も言って欲しくなかった
すでに二十代半ばの私を
ただ黙って見ていて欲しかった
ずるい私は承知の上だった それが
ひと言で父を黙らせる
最も有効な手段であること そして
最も父を傷つける一言だということも
 
 
(1997年08月20日)
(もちろん思い出して書いたもので、
 言ったのは1980年の少し前ごろか。
 その後も反りが合わず色々ありました。)
 
 
 
 

 
  不通
 
 
分かっていたはずだ
通じないこと
求めることの愚かさ
承知の上の徒労だったはずだ
 
初恋は嘘つきだった
 
青年はホルモン性の動物だった
 
中年は人工物以外の何物でもなかった
 
何を聞いても分からない
何を言っても分からない
 
垂れ流しばかりが見えて
どこまでも痛ましい
 
老いぼれは心と頭を焼き尽くし
悲鳴と憔悴の涙を干して
減らず口を切り取ってしまえばいいのに
 
焦点は定まるところがなく
語ることは虚しくて
説得も納得も異国語の
引き裂かれた自閉の攪乱
 
いつまで傷め続ければよいのか
 
 
(2013年09月01日)
 
 
 
 

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