ウソの国:st5402jpのblog

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2014年01月

 
  干支と還暦
 
 
今回は干支(えと)についての話なのですが・・
陰陽五行説というのがあって暦だけでなく
いろいろに使われているのですが、
陰と陽とかの説明の文章を読んでも
私にはよく分かりませんでした。それで、
専門家の人には笑われるかもしれませんが、
ここではネット検索などをもとに暦年について
キーワード「生命消長の循環過程」として、
十干十二支に当てられた漢字について
陰陽をあまり使わずに
生命盛衰の循環過程ということに沿って書いてみたいと思います。
まあ、大幅に外れることのないように努めるつもりです・・
 
干支(えと)というと十二支のほうがよく知られていますが
その漢字は不思議です。
上に書きましたように干支(えと)ですから
十干十二支で、十二支だけでなく十干があり、
12と10の最小公倍数として60年で還暦となります。
 
十干について
 
まず五行・・
木(き)、火(ひ)、土(つち)、金(「か」と読むらしい)、水(みず)
というのがあり、それぞれに兄(え)と弟(と)があるということ。
つまり
木の兄(きのえ) → 甲(こう)
木の弟(きのと) → 乙(おつ)
火の兄(ひのえ) → 丙(へい)
火の弟(ひのと) → 丁(てい)
土の兄(つちのえ)→ 戊(ぼ)
土の弟(つちのと)→ 己(き)
金の兄(かのえ) → 庚(こう)
金の弟(かのと) → 辛(しん)
水の兄(みずのえ)→ 壬(じん)
水の弟(みずのと)→ 癸(き)
という漢字が当てられています。
 
その意味なのですが・・
甲・・甲羅のように堅い種。生命の始まり。
乙・・字形より曲がりくねって種から芽が出てくる。
丙・・脚の長く張った台の意味。葉が張ってくる。
丁・・釘に通じ、安定する。
戊・・茂に通じ、成長の絶頂期。
己・・三本の平行線、形が整う。また紀に通じ、おさめる、統制。
庚・・更に通じ、成長が止まり、更なる変化。
辛・・新に通じ、新しくなる。
壬・・妊に通じ、新たな種(生命)を宿す。
癸・・揆(はかる)に通じ、計画通り、測れる大きさになる。
そして甲に戻ることになります。
 
十二支について
 
それぞれ当てられた漢字、字と部首と読みから・・
子(ね、シ)・・子は生命の始まり。
丑(うし、チュウ)・・紐に通じ、生命エネルギーの結合。
寅(とら、イン)・・演に通じ、形の表現。
卯(う、ボウ)・・冒に通じ、冒険して開発。
辰(たつ、シン)・・震に通じ、生命の活動。
巳(み、シ)・・已(イ、やめる)に通じ、生命の極みがやむ。
午(うま、ゴ)・・忤(さからう)に通じ、生命の葛藤、陰陽の抵触。
未(ひつじ、ビ)・・昧(くらい)に通じ、暗い陰気になる。
申(さる、シン)・・申か伸(のびる)?か、陰が広がる。
酉(とり、ユウ)・・酒が熟すに通じ、陰気が熟する。
戌(いぬ、ジュツ)・・恤(ジュツ、うれえる、あわれむ、めぐむ)
  に通じ、滅または統一退蔵。
亥(い、ガイ)・・核に通じ、生命の核、収蔵含蓄。
そして子に戻ることになります。
 
※ 亥(い)は猪ですが、豚の意味が強いともありました。
 陰陽の陰は必ずしも悪い意味ではないような気がしました。
 
干支(えと、カンシ)は、幹と枝で幹枝(カンシ)とも言われたそうです。
 
十干も十二支も、こうしてみると
生命盛衰・生命消長の循環を表しているようです。
 
 
さて私事ですが、
私は昭和29年1954年の午(うま)年の生まれで
今年2014年に還暦を迎えます。
私の場合、わりと便利なことに(?)
子供のときに女の子が生まれると縁起の悪いという
丙午(ひのえうま)の年がありました。
同じ午年なので、子供のときなら12歳しかありません。
つまり1954+12=1966年が丙午の年になります。
それに60を足して2026年が同じ丙午の年になります。
私の生まれ年と今年については、上の十干から、
それぞれ12を引いた1954年と2014年が
10年戻って丙(ひのえ)さらに2年戻って甲(きのえ)になり
甲午(きのえうま)の年ということになるので
少し計算しやすいわけです。
 
 
さて、参考までに
日本史に出てくる事柄について
 
壬申(じんしん、みずのえさる)の
壬申の乱は、672年ですが、
2014年が上から甲午(きのえうま)と分かったので、
60の倍数を引いて、2014-60×20=814
さらに、814-60×2=694
さらに、694-672=22 ということは、
十干は10×2を引いて同じ甲で、さらに2を引く、
つまり甲←癸←壬(みずのえ)だと分かります。
十二支は12×2=24引いて同じ午年、
2つ進んで、申年だと分かります。
ゆえに壬申と確認できます。
 
戊辰(ぼしん、つちのえたつ)の
戊辰戦争は、186?年だから、
甲午2014年から
60×2=120を引いて、1894年が同じ甲午(きのえうま)、
十干は30を引いた1864年も同じだから、
上の十干に書いたように、甲から戊までは
甲乙丙丁戊と、4年進んで、1868年となり、
また上の十二支に書いたように、
1894-12×3=1858年が同じ午の年で、
午未申酉戌亥子丑寅卯辰と、10年進んで、
同じく1868年だと分かります。
 
・・なんかめんどくさかったな・・むしろ、
仮に西暦0年(=紀元前1年)を計算すると、庚申(かのえさる)の年になる
ということから、
壬申の乱は、
60の倍数660年(庚申)+12=672年(壬申)。
戊辰戦争は、
60の倍数1860年(庚申)+8=1868年(戊辰)。
・・と考えたほうがよさそうです・・(?)
 
 
(2014年01月25日、同日、慌てて?修正、さらに少し修正)
 
 
 
 

 
  痛み
 
 
顔が痛いのです
顔だけではないのですが
肥満して腫れて浮腫んで弛んで垂れているのです
 
小さい社交の世界を守ることに
汲々として保身できなかった罰のように
比喩は虚しくなりました
 
あちこちに出血斑が
出血の跡の瘡蓋が
今までになかったものなのに
新しいものでもなく
古傷が顔を出したように
痛覚と痒覚が
ピリピリと刺してくるのです
 
いかなる尊厳と
いかなる屈辱が
この痛みを際立たせ
悲しませているのでしょう
 
晴れた昼の青空も
晴れた夜の星空も
まるで想像のように見てはおらぬまま
哀しい嘘のようにきらめいています
 
 
(2014年01月20日)
 
アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェン、など
市販の鎮痛剤を頻繁に服用して、
さらに寒さと痛みをごまかそうと安い焼酎を飲んでいます。
実際に身体的に痛いのです。かといって
全身アザだらけ血まみれというわけでもないので
救急車を呼ぶ気にも病院に行く気にもなれず臥床経過です。
ああ・・比喩は本当に空しいのでした。
 
(2014年01月20日、加筆)
 
 
 
 

晴れているのに暗い感じ?の海(有明海)
イメージ 1
 
 
  マイナス軸
 
 
マイナス軸から眺めているから
暗いことばかり書いていて
かなり過去~現状の不満もあるのだろう
 
外を見ても明るくは見えなくて
明るく明るく振る舞うお勧めのどこかが
いつも嘘に思えてしょうがない
 
軸がマイナスになるのには
そうなる原因が内にも外にもあるのだろう
あったのだろう
 
若き日の失恋があり
幾度かの挫折があり
ルサンチマン(負け犬根性?)があるのだろう
でもそれだけではない
 
存在する喜びはどこまでも頼りなくて
むしろ底知れぬ不安・・
神にすがるつもりで
人が信じる宗教にはほぼ絶望に近い
ゆえに私の信仰も絶望に近い
ゆえに希望もないわけではない
という気持ちが通じないから
倒れゆく姿勢で今日を迎え
送る
 
藁(わら)をつかんで藁にすがり
藁を見つめて
見送る・・空しきことの幸いか・・
 
注文した歌集が届いて
少しずつ読んでいる
やはり
美しいだけでなく
ゆるし受け入れる苦悩をキラキラと感じて
たぶんそれゆえに私は反応した
 
マイナス軸から眺めているから
暗くて目が悪くなった
 
 
(2014年01月13日、同日一部修正、なんとなく写真を入れる)
 
 
 
 

 
正月
 
 
光に温もりがある
という勘違いをさせる正月も光速
 
ひれ伏すように天にも自然にも
参りましたでは済まないだろう
 
口を開けて少しゆがめて目を閉じる
また薄く開けてコップ酒を見つめている
 
ゆるい甘いと思うけれど
凝縮をたくらめば
凝り固まりの
あつらえたセメントの
狭い舗道が待っているから
 
いつまで気分
というわけにもいかないから
紙だけじゃ書けなくて
ペンとインクに濡れている
 
 
(2014年01月10日)
 
 
 
 

 
無縁
 
 
どんなに誰かがうらやましくても
私は私でありたくて
どんなに痛いだけの生き方でも死に方でも
ほかの人生を選ぶことはない
ほかの誰かになりたくもない
 
誰とも縁がなくても
誰かと縁のある別の誰かになりたくはない
孤独にはそうなる必然があるのだろう
わけは分からないが
私が私としてその必然を持っているなら
ごまかして誰かと縁結びなんてことはあり得ない
 
それにしても21歳で
私の人生から消え去って音沙汰もない君を
年を取らないままの君を
まるで人形のような君を思い出して
私は時々もてあそんでいた
 
実際の君は年を取って
しわくちゃで小さいおばあちゃんの顔を
縁のあるいったい誰々に向けているのだろう
 
ときには私がそう考えても
君の人形をどうしたとしても構わないだろう
私がどういうふうに思い描いても
君は痛くも痒くもないのだから
 
 
(2014年01月10日)
 
 
 
 

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