ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2014年07月

以下は、1997年6月~7月に
日干しになりかけた雛を拾って
小雀になるころまで家の中で飼っていたという話で
4つの記事に分けて書いてみます。まず・・(1)
 
 
  食って寝ろ
 
ただ生きてるだけ
食って寝るだけの
生活とは言えない日々
陽射しの強い日
玄関の前
落ちていた
見上げても巣らしきものはないのだが
何の雛(ひな)か知らない
羽も毛も生えそろっていないが
黒っぽい カラス??
死んで日干しになってるかと思ったら
腹が動いている
赤肌さらして息絶え絶えだ
拾って部屋へ
困ったな 小鳥など飼ったことない
取りあえず冷やそうと
濡れたチリ紙で包んだ
いずれ死んでしまうだろうが
何か食べさせてみよう
缶詰・ソーセージ・ご飯など
ある物を私が噛んで細かくして
水と蜂蜜を混ぜて
自分では食べることができない
咽の奥まで突っ込んでやる
少しは食べる
この日 私 缶コーヒーだけ
翌日カナリアなど小鳥用の
黄な粉みたいな餌を買ってきて
こねてダンゴにして与える
かなり食べる
腹が減るとチーチー鳴くようになった
足が不自由だ 折ったか
よく転けるがジタバタ歩く
二日経ち三日経ち
目が開いた
小さいダンゴなら
平たく削った割り箸で挟んで近付けると
自分で口を大きく開けて
首を伸ばして食い付いてくる
ところ構わず糞をする
小さい黒い眼でこちらを見ている
ただ生きてろ
生きれるだけ生きてみろ
食って寝るだけの明け暮れでいい
 
 
  拾った雛
 
たとえ私がひっそり死んで
横たわっていたとしても
腐乱死体のまわりを
お前は飛び跳ねていることだろう
羽毛も生えそろってきて
鳴き声も大きくなって
部屋狭しと飛んでまわるお前には
閉じ込められていることは不満だろう
でも私が死んだら
いくら鳴いても餌を与える者はいない
嘴に黄色い色を残すお前
まだ自分で食べることができない
今私が死んだらお前も死ぬ
それに飛ぶというより滑空に近く
しばしば着地に失敗するお前を
今外に出せば
また日干しになって餓死するか猫のえじきだ
私は飛べないから
早くしっかり飛べるようになっておくれ
お前が死ぬのは見たくないし
餌ぐらいは買ってやれるが
自活とはいえない私の家を去るために
お前は自活して欲しい
早く自分で餌を探し
ついばむようになってくれ
お前はたぶん野鳥だから
鳥カゴは買わない
だから部屋中の糞の始末をしてまわる
私は今
忘れ去られるためにお前といる
 
 
  チーと名付けた雛
 
もうチーという鳴き声でもない
もう雛とも呼べないかな
カラスじゃなかった
雀か
それにしては全体に薄汚い
羽毛がまだ完全には生えそろっていないのか
外へ出してお別れしようかと思うたび
猫にやられるお前を見てしまう
居間は鳥小屋と化してしまった
 
チー
お前がいなくなると寂しくなるだろう
お前がいるとうんざりする
元気になったな
どうしてそんなに指に噛みつくんだ
 
 
・・(2)(3)(4)に続く・・
 
 
 
 

こちら長崎県諫早の私は今のところ無事ですが、台風が鹿児島に上陸したようです。
以下は、1999年、当時私が住んでいた熊本に台風が上陸したときのこと・・
 
 
  台風一・上陸間近
 
台風は上陸するらしい
お前はもう終わりだ
おしまいだ
と言わんばかりに
風音が家を壁 を窓を
軋(きし)ませる震わせる
時々金物か瓦か何か固い物が
ぶつかり合う音が聞こえる
外のバイクは大丈夫か
月極駐車場に置いてある車は
夏に除草剤を撒(ま)いた庭に
秋になって思いがけず
生えてきた草の中に
咲いていた赤紫の小さい花たちは
テレビは終夜放送で台風情報
外は荒れ狂っている
言わんばかりに
死の実感を持たないのは
お前だけだと
 
 
  台風二・上陸
 
最大瞬間風速六十六メートルということは
時速二三七キロメートルだ
吹きすさぶ風と物音の向こうに
遠くから鳴りわたるように
笛の音のような響きが貫いてくる
たしかにこんな風は初めてだな
風に合わせて壁や床まで振動している
閉めてロックしたアルミサッシの
内側のカーテンが揺れている
ガラスは彎曲(わんきょく)しているのかもしれない
また何か転がった
また何かぶつかった
しまった!
門をしめ忘れていた
玄関の電灯をつけ外に出た
音に比べて身に感じる風はひどくない
団地の家と家の間だからだろう
門をしめ家に入りドアをしめた
また何か落ちるような音
また何か割れるような音
頭が割れてもおかしくない時間にいたのだ
座って台風情報を見ようとしたら
停電だ
やっぱりな
と用意しておいた懐中電灯で
蝋燭(ろうそく)と携帯ラジオを探してくる
蝋燭の炎が室内で揺れる
吹きすさぶ風と物音の中に
近所の子か
親を呼ぶ声がした
ガラスはなおも彎曲しているかもしれない
 
 
  台風三・朝
 
まだ停電したままで
台風は過ぎていないのに
風もまだ激しいのに
窓の外が少しずつ明るくなってきて
少しほっとしている
人間は暗さに怯(おび)え
暗いことに脅威を感じる
明るいことをより好む
明朗ならなおよい
何かを不気味に感じるのは
暗さが
底知れぬ暗さが
死にも似た
明白さを欠いたものを与えるからか
死が常に暗いとは限らないように
(宗教的にということもあろうが
 宗教を持ち出さなくても
 死ねばよいと思われていた人が
 ちょうどよく死んだとき
 すでに死の予測されていた人が
 ほぼ予定通り死んだときに
 いきなり暗くなれる人がどれほどいるか
 たとえ早すぎた
 惜しまれる死であったとしても
 早々にその名によって残されたものを
 求め始めることはないと言えるか)
明るさが常に明確であるとは限らないのに
少し風が弱まったような気がしてくる
揺れる蝋燭(ろうそく)の夜が明けて
台風の朝である
 
 
  台風四・停電
 
風雨はだいぶ治(おさ)まってきたのに
停電が半日続いている
もう明るいからいいような気でいたが
はっと気付いて
冷蔵庫を開ける
アイスクリームを一つ取り出す
外側が濡れているが
まだ冷たい
蓋(ふた)を取る
どろどろだが中程は氷が残っている
試しに食ってみる
泡と化したクリームうまくはないが
凍っている部分があるうちはいいか
でもアイス類は長くは持つまい
ほかには
缶ジュース類は大丈夫だろうが
紙パックのジュースはどうだろう
ハンバーガーにウィンナーに
長引けばパンにチーズにマーガリンも
ほかに生ものはないか
ないな生ゴミになりそうなもの
と覚悟して記憶にとどめておく
エアコンも扇風機も駄目だから
少しずつ暑さを感じてくる
あと一つあった生もの生ゴミ
腐敗検査用の実験動物が
 
(※ 最終行は、私のことです・・)
 
 
  台風五・停電復旧
 
停電は長引いていた
ラジオでは県の三十%
二十三万世帯が停電中
復旧の目処(めど)は立っていないという
初めてだなこんなに長い停電
時々トルコや台湾に思いを馳(は)せたりする
あの大地震や阪神淡路に比べれば
我が家は壊れていないし雨漏りもない
それに水道もガスも電話も使える
でも真夏でなくてよかった
次の夜もまた
蝋燭(ろうそく)とラジオの夜だった
まわりの家々もみんな暗くひっそり
ラジオでは野球をやっていた
台風は通り過ぎたので
停電についての情報は少ない
高潮で犠牲者が出たのは聞いた
死人が出ないとニュースにならない

翌日の夕刻
唐突にピーッと音がして
テレビが鳴り始めた
部屋の蛍光灯をつけた
さして暑くもないのにエアコンまでつけた
約三十六時間ぶりに
我が家の停電は復旧した
夜になって窓から眺めれば
家々にも明かりが灯(とも)っている
じゃまだから退(ど)けておいた扇風機が
部屋の隅(すみ)で回っている
そういえば回していたっけと
ゆっくりスイッチを切る
 
 
(1999年09月26日、HPにアップしたもの)
 
 
 
 

「習作トーナメント」に・・と思って・・ポエム過去作・・自由連想で・・
・・躁状態かもしれないが・・前置きは、ま、いい・・
 
 
  失禁御免 ---ポエムのすすめ
 
 
前略つらつら眠れない夜なんぞ分別盛りもへそ曲げて預言者のたまうこと地球なんか目じゃないねアドレナリン洪水でペガサスなって飛んでったり私書箱解放して夜空の果てまでビッグバンなんてエンドルフィンやらエンケファリンやら脳内麻薬とっぷりつかって痛くも痒くも爆発かって神経細胞8ビートパリティ無しで快感カイカン鬼悪魔アシュラみんな壊れた自動販売機だかスロット777みたくコットバどんどん多卵性ソーセージぽんぽんポップコンコンとび出すだから目しる鼻しるたらして目うんこ眼ギラギラで放屁しようがシブキとばして紙破れるくらい乱筆んまま四角い中閉じ込めるのももったいないなチラッチラあしたウツ予感だぞ宇宙ロケット最悪コスモポリタンバラの花ちぎりまくって精が出ることお百姓さんお医者さんおみやげのたうちまわって土砂崩れの肉体ひねもすふつう腹痛吐いてすっぱかったな星の分泌酸素いらないミトコンドリア発コピーされたDNAらせん階段トロンの雲から登っていってバクテリアも銀河もあっという間に星座の伝説じゃ話し違うぞって光速で若返るから胚胎うずくまって回転きらきら雫ゆっくり失礼ながらエチュードとはなるツアラー時空こえるもんなら誰だかナビゲータ見守ってるから道標なくても無邪気どこ向いて腫れている!ぐらいなら心配しないで早々に飛び込んでおいで草々
 
 
(1997~2000年前後か??)
 
 
  ばんしゅう
 
 
ふすまのこうずいにくらがりのせってんをすべらせておしだされるようにつづくなみきみちのあきのおわりはのこりのはっぱのむれのさきからおれそうにわかれてそらへちらされているわかれのあいさつをひとにしらせずほどうのだんさにさらさらとしるしていくしゅうせいをもってあれたすすきのにわからうみまでのしょぐうをきめてまわるせんれんされたこうてつのしぐさをたじろぎもせずまもるけっぺきさをしめしてまよういきものたちをろじょうにおいてかげというかげをたいようのつめたさになごませながらそのいちぶにばしょをあたえてわたしをたたせどうするかまかせたままじつはしたたかにときおりすうっとはりをぬくようにきょうのいのちをあしたのかぜにほそくひろげておわりのないじゅみょうをかれおちばにみせかけている
 
 
(1996年11月30日)
 
 
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一応ひらがなで書いてみようという習作で・・以下のように・・むぅ・・
 
  晩秋
 
襖の洪水に暗がりの接点を滑らせて押し出されるように続く並木道の秋の終わりは残りの葉っぱの群れの先から折れそうに分かれて空へ散らされている別れの挨拶を人に知らせず歩道の段差にさらさらと記していく習性をもって荒れたススキの庭から海までの処遇を決めてまわる洗練された鋼鉄の仕草をたじろぎもせず守る潔癖さを示して迷う生き物たちを路上に置いて影という影を太陽の冷たさに和ませながらその一部に場所を与えて私を立たせどうするか任せたまま実は強かに時折すうっと針を抜くように今日の命を明日の風に細く広げて終わりのない寿命を枯れ落ち葉に見せかけている
 
※「葉」を「は」ではなく「はっぱ」、等々、
句読点なしの平仮名で、どれくらい書けるかを試した徒労です。
 
 
  好きだよ
 
 
ああ
好きだよ
 
どれくらい?
 

弓なりに
なるくらい
 
どこが?
 
しずく 落ちて
めが ふきだすような
ようなとこ
 
いつから?
 
目を そむけても
見える から
ときから
 
いっしょにいたい?
 
ずっと
ずっと
よく 見て
うまく こなれたら
出したい
 
(96年、またはそれ以前)
 
 
----------------------------------------
「詩が好きだよ」ということで・・・?
 
 
(2014年07月09日、ここに投稿および再録、同日加筆)
・・ばかだな・・トーナメントのテーマは・・美術関係でしたか・・
(2014年10月15日、まえがき・あとがき若干修正)
 
 
 

詩のようなものを書くということは
一歩死ぬるということ・・
 
 
  当たり前
 
 
例えば「汝殺すなかれ」の類は当たり前だが
言う必要のないことは
ことさら主張されることはないだろう
 
ことさら当たり前を強調する主張は
そのままで分かるだろうから
分からなければ異常だという直観的理解を
ことさら求める思想だ
 
したがって
ことさら主張されるほど
当たり前から遠ざかっている
 
だからこそ「当たり前」を
理屈抜きで根拠なしで引き寄せ
押し付けようとするのだろう
 
根拠を示せないからだ
 
拠って来たる所を示せば
当たり前ではないと分かってしまうから
 
 
 
  我執
 
 
生まれ育った環境 
系譜 係累 語りかけられ
訓育という名で摺り込まれたもの 
その巨大さに比べて
あまりに小さい自らの実感 
抗しがたい畏怖 
 
煽りあげられた思想は
もはや自らのものではない
 
我執は誰にでもあるものだが
我執が我執としてあることを
我執によって認めるか否か
 
それが意志と行為の横暴さと強引さを
決める自他覚の指標になるだろう
 
水はいつも流れる方向が定まっている
 
流れに作為し逆らえば
溺れるように
 
 
(2014年07月07日、同日一部修正)
 
自らのものでない思想に抗しがたくひれ伏し
執着してしまうことを我執と考えています。
多かれ少なかれ、誰もが持っているのかもしれません。
それを我執として認められるかどうか・・認めていれば
修正の可能性くらいは残るのでしょうけれど・・
(2014年07月10日、加筆)
 
 
 
 

下のタイトルで前に書いたものです。まだまとまらないのですが
記事タイトルを変えて再録+加筆してみました。
 
 
  あるTV討論会での発言について。
 
「明治時代からの日本の海外進出は、時代背景として、欧米列強は当然のごとくやっていたことであり、植民地を持っていたのだから、近代化を果たした日本にとっても当時としては当然のことであり、今の倫理で考えるのはおかしい。」
という主旨の意見について:
 
今の倫理で考えることも必要だと思いますが、それよりも、
 
近代化のプロセスが欧米列強とは違うと思います。
 
欧米列強は既に以前から強い国であり、植民地獲得においても覇を競っていた。
日本はそうではなく、植民地にされかかった国であり、
それを何とか切り抜けて近代化を果たした国であります。
植民地にされた国や中国などの悲惨な状況も知っていたはずです。
 
ですから逆に、当時だからこそ、
「日本は植民地にされかかった国であり、その悲惨さを知っているのだから、
これからの日本は他国や隣国を植民地にするような国になってはいけない。
したがって海外派兵はするべきではない。」
という意見を主張する人が多く現れなかったことのほうが、
むしろ不思議に思えてなりません。
 
反日運動が韓国や中国で起こるたびにうんざりする人は多いだろう。
さらに「反日教育がなされていたからだ。日本は悪くない。
むしろ感謝されてもおかしくないのに・・」
などという主張もあるらしい。
ではなぜ反日教育がなされたのか。感謝されておかしくないならば、
なぜ反日運動が盛り上がってしまうのか。
 
日本が朝鮮半島を長期にわたって支配し、中国の一部を支配し、
中国大陸で中国と戦争したという事実は否定できないでしょう。
仮に日本が同じことをされて、相手国がそれを正当化するならば、
恨まずにおれるだろうか。逆のことをされたら私なら恨みます。―――― 以上を (1)
全部ではなくても、
 
日本は恨まれているのです。
 
そして、恨まれる原因になるようなことを日本はしたのだ
という認識に立たなければ先へは進めないだろうと思います。
かといって日本がいつまでも謝り続けて卑屈になってはいられないのだから、
歴史の事実をできるだけ詳細に明らかにして
お互いに誤った認識を改めていく作業が必要になるのでしょう。
 
次に
「(核武装を)宣言するだけでも抑止力になる。」
という発言について:
 
どういう意味でしょうか。
宣言するだけで、実際には核武装しない
という意味ならば、
いずれ衛星写真や情報網によって
核武装の動きがないことは明らかになるでしょうから、
宣言することは無意味だと思います。
徒に他国に脅威を与えて警戒されるだけだと思います。
 
実際に核兵器を持つまでの間のこと
という意味ならば、結局は核武装するつもりなのだから、
「宣言するだけでも」は詭弁としか言いようがありません。
 
抑止力については「理念・断片」にも書きましたが、
脅しあうことによって均衡を保って平和を維持しよう
という危うい後付けの理屈だと思います。
 
(2012年01月20日)
(2013年09月08日、一部加筆修正)
 
たいていの戦争で、多かれ少なかれ、
弱者に対する略奪、虐待、虐殺、凌辱は行われてきていると思います。
(1)のようなことを考えてみると
日本が恨まれ隣国がこだわるような
事実があったなかったという歴史認識の論争の根底にあるのは
歴史認識そのものよりも
民族と国家の尊厳という
帰属意識に基づくアイデンティティの問題になるような気がします。
となると歴史的事実の確認の議論を続けても
それはいつ決着するか分からないような果てしなく続くことだし
そういうつもりで続けるべきことだし
「歴史認識による決着」と
「政治判断による解決」は分けるべきことのように思われます。
大事なのは前者よりも寧ろ後者であり
(地球人としてのアイデンティティは遠い将来にあるかないかの理想だから・・苦笑)
日本が自国と日本民族の誇りを守るように
隣国とその民族の誇りをいかに大切にしうるかを示すことのように思われます。
 
日本を攻撃しなかった隣国を攻撃し
日本を支配しなかった隣国を支配したら恨まれる
という大筋の認識に立つべきで、それをせずに
自己の認識をぶつければぶつけるほど関係はこじれるでしょう。
 
日本が外国の国益のための戦争の
便利な先鋒に組み込まれる種が蒔かれてしまったようですから・・ ―――――― (2)
(cf.「計算?」 http://blogs.yahoo.co.jp/st5402jp/16257975.html 下にコピペしました )
なおさら
意見の食い違いが諍いに
諍いが意識的にも無意識的にも根深い怨念となりませぬように祈ります。
 
 ・・なかなかまとまらないので・・さらに稿を改めるかどうは検討中・・
 
(キーワード: 隣国関係、韓国、中国、国益、国際関係、集団的自衛権、アメリカ、憲法改正)
 
(2014年07月04日、再録+加筆、同日一部修正)
 
 
  計算?
 
現行憲法のまま集団的自衛権の行使・・?
・・どう考えても限度があるだろう
と思うのだが・・
 
うまくいけば・・さらに拡大解釈できるし
・・もっとうまく広げるためには・・
という方向付けが可能だから
改憲への流れを妨げるものではない・・
 
うまくいかず、犠牲者でも出たときには
「思い切った措置が取れなかったのは
 憲法を改正しなかったからだ」
・・という言い分を押し出せる・・
 
どちらに転んでも
憲法改正に向けて話を進めることが出来る
・・という計算だろうか・・
 
(2014年04月02日)
(2014年07月04日、ここにコピー)
 
(2)について・・
種を蒔いた・・と言いたいのです。
今すぐ酷いことになるというわけではないのかもしれません。
しかし武力行使の制限についての文言はあまりにも曖昧で、
声明というより、まるでセールスの
「大丈夫ですよ、心配ないです、・・(ニコニコ)・・」
という宣伝文句のような印象を受けました。
いずれ首相も変わり世代も変わるのです。
うまくいかなければ、そのときの政権が倒れるか、
上の「計算?」に書いたように結局改憲に向かうのかもしれない。
私たちの子や孫(私にはいないけど・・)や
その後の世代が実害を被ることのないように祈るしかないのでしょうか。
 
(2014年07月04日、加筆)
 
 
 

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