ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2014年08月

 
  低い人
 
 
低みを流れる風に吹かれて
川を眺める
緩やかな流れに揺らめく空の高み
あの青い風に吹かれたいのは
 
長い影をつくり
森を沈ませ
闇へと消してゆく
ひとときの
雲の縁を輝かせ
じりじりと焦がしていく
あの熱に焼かれたいのは
 
星の地図よりも星と星の間
小さな星を瞬かせ
夜の空をつくっている
黒い曲面よりも平坦な
深海よりも深い立体の
あの底の底へ旅したいのは
 
人ひとりの
喜びや悲しみも測れないでいて
忘れることも割れることも
地上で覚え育った
鏡よりも
低い

 
 
(1997年4月1日)
 
 
 
  拒否
 
 
特にこちらの具体的な言動や要求もないのに
「劣った人が依存している」と思われて
説教か忠告がましいことを言われたときの
見え見えの距離感に対する拒否の台詞
 
1.「二度と会うことのないように。何故って君は悪い人だから。」
 
 相手を悪と決めつけていて拒否が直接的すぎるから・・
 
2.「もう(私)二度と生まれてこないから。それでいいですか。」
   (必要なら繰り返す・・)
 
 この第一文は人間にとって一般的な事実である。
 第二文は確認を求めているだけ・・
 にもかかわらず、1.よりも強烈な崖っぷちの・・
 それだけしか言えないという、
 こちらが拒否するよりも、より低く、
 相手によって拒否されていることを訴える台詞・・
 
 
もう二度と生まれてこないから。それでいいですか。・・
 
 
(2014年08月31日、同日一部修正)
 
 
 
 
 

 
  供物
 
 
両手で持ち上げて
生贄を捧げる二股の支えに
ゆっくりと盛られる謙譲の高度は
挨拶のように質量×落差の分だけ
予め計算された時計の勝鬨をあげる
 
腰を抜かれた脳髄は
器の骨盤を求めて落ちてゆく
 
人対人の祭壇の前
いわれもない主従に安定する噛み合わせを談合して
脅威と祝福のサイトマップが捏造された
 
吊り下げられた首の振子が
振幅を絞めながら
怒張した静脈を押し上げる
怒張した文脈を押し上げる
 
今日からは同胞ゆえの
履歴の検案書を
懐深く潜ませるために
 
 
(2014年08月28日、若干加筆)
辞書引いた熟語・・(ボキャ貧・・) : 生贄(いけにえ)、
勝鬨(かちどき)、捏造(ねつぞう)、潜む(ひそむ)、懐(ふところ)
(2014年08月31日、一部修正)
 
 
 
 

 
  逝くとき
 
 
横たわる体が受ける重力から
次第に見るもの感じるものが変わっていって
? や ! や 空白さえも生き物のようで
・・気づいたかのように
アーッと言ったその先端に
音もなく瞬く間もなく
時空のない世界全体に行きわたって
私の死は遍く貼り付けられるのだろうか
 
今もって底知れず
自分の不在が理解できない
 
 
(2014年08月28日)
 
 
 
  シンプルに (再録)
 
私はだんだん
シンプルになっていくようです
口数も少なくなりました
言葉もめっきり減りました
ああ太陽
ああ夕空
ああ星と星
といった調子です
身の回りは相変わらず汚れていて
身のうちには
たくさん傷や悔いや感動がありますが
もう深くはのぞけなくなりました
しあわせが浮いていくようです
それが私なのか何なのか
昔のことはだんだん忘れて
見るもの聞くもの遠のくようで
裏返し
と唐突に言ってみたり
口を開けてじっとしていること
ときどきできます
私はシンプルに
命になって
いつか少し笑って
目をゆっくり閉じて
いつか少し泣いて
あとは
あとは
おまかせします
 
 
  死んでいます (再録)
 
私は日々死んでいます
聖者の叫びは程遠く
詩人の鐘さらに遠く
私は日々滅びています
体は衰え心は萎え
気力は失せて
私の耳は砕け散ったかけら
響きも笛も聞こえない
私の目は汚れた鱗
涙ながらに涙は流れず
渇いて乾いて
重なるものを見抜けない
私の昼は空しい排泄に終わり
私の夜は繰り言の始め
ありふれた風景
世界の末席から転げ落ちて
私は日々死んでいます
私は日々滅びています
しかもそれらすべてが
必ずしも悲しみだけではない日々を過ごしています
 
 
(96年、またはそれ以前)
 
 
 
 

 
  不信
 
 
誰も信じてはおりません
最初の失意から四十年経ちます
 
あの頃は何かまだ引っかかって
足掻いたりもしておりましたが
 
夏と冬の上り下りの繰り返しにも
何年前なのか分からなくなる思い出し方にも
 
ぼんやりしたり薄くなったり重くなったり
どこからか疲れたのでございましょう
 
笑って言えばよろしいのでしょうか
泣いて言えばよろしいのでしょうか
 
実を言いますと気持ちは時に激しいのですが
顔がふさいだまま動かないのでございます
 
ただただこちらのほうから拒んでいると申しあげましょう
もはや誰も信じてはおりません
 
そのせいか暮らしぶりは荒んでゆくばかりですが
怒りなどの持ちが短くなって見かけ優しさに似たものに・・
 
 
イメージ 1
 
 
(2014年08月26日、画像追加)
 
 
 
 

 
  選択と必然
 
 
産んでくれと頼んだ覚えはない
に対して
産んでくれるなと頼んだ覚えもない
と返して
納得しようとしたことがある
 
産むことと作ることについては
生まれる者は是非の選択に関われない
 
作りそして産むという選択をした人がいて
その子供として否応なしに生まれてくる
 
生まれてきてよかったかどうかは
生まれた者の判断と責任ということになる
 
 
産まない選択があった
少なくとも作らない選択があった
しかし
生まれない選択はなかった
 
だから生まれてきて
自分で出来る選択だけをしながら生きている
 
どちらの選択も
まるで他になかった必然として
避けようのない成り行きとして
 
 
(2014年08月26日、同日加筆)
 
何という親不孝なことを・・
産んでもらったのに親に感謝しないなんて
・・という言い分が聞こえてきそうですが、
そんなに無条件に感謝できることなのでしょうか・・
親と子、産んだこと生まれたことについて
共に悩む機会というのは殆どないような気がします。
親にとっても子にとっても残酷すぎるのかもしれません・・
 
 
 
 

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