ウソの国-詩と宗教:st5402jp

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2014年09月

 
  根っこ
 
 
どんなに口酸っぱく言っても分かってもらえないとき
どんなに口酸っぱく言われても分からない自分がいる
 
それでも自分は自分の根っこから考えるしかない
 
人のために何かをするとき
それが犠牲であっても
自分の高等な快楽原則が快を求めて選択している
 
思いやりが大切といっても
遣り取りをするときの
金属や刃物の硬質を切り取ったつもりの小骨なら
食べてケガをすることもあるだろう
 
自分から放たれた文句は
自分を求めて泣きながら返ってくる
 
それでも自分は自分の根っこから離れられない
 
人に向かってバカと言うとき
必ずバカな自分がいる
 
唾液のち汗のち涙
ずぶ濡れはいつもコートの内側だ
 
 
(2014年09月14日)
(2014年11月24日、一部修正)
 
 
 
 

前にもブログに書いたことがあるけれど・・改めてメモ的に・・
 
クリスマスの飾りなどで
よく知られている星形五角形ですが
一般に星形N角形を描こうとすると
一工夫を考える糧にはなるようです
 
 
  星形N角形
 
 
まず誰でも知っている星形5角形と、
星形10角形を描いてみます。
 
どちらも一筆書きで同じ方向への折れ線の連なりとして描けますが、
星形10角形となると、やはり円と頂点を定めてから
描いたほうが分かりやすいように思います。
図1)
イメージ 1
 
一般に星形N角形を描く考え方としては
星形正N角形というわけではないので厳密ではなく
見やすいように適当に円周上にN個の頂点を定めて
1つの直線が幾つの頂点を飛ばすかをm個とすると
図2)
イメージ 2

1つの直線が跨いでショートカットする辺の数は
(m+1)となります。
 
N/(m+1) は
1回転で出来る星形の頂点の数ということになります。
 
そして当然ながら
 (N/(m+1))×(m+1)=N となり、
 
これは、(m+1)回転で頂点数はNとなり
直線は始点に戻って星形N角形が完成することを意味しています。
 
つまり星形N角形を描くための
回転数R = m+1 となります。
 
上図のように 
内角+外角(折れる角度)=180°
また、1回転が360°なので
星形N角形の内角の和は
 
頂点数×180 - 回転数×360
 
= 180N-360R = 180N - 360(m+1)
 
というか、以上のような描き方で、
N と m が定まれば内角の和が一定になるような
星の形の多角形を星形N角形と呼んでいるようです。
 
 
さて頂点数Nと飛ばす点の数mを定めれば
星形N角形が描けるかと言えばそうでもなくて
回転数R=m+1よりも少ない回転数で始点に戻ってしまうと
頂点数がNにならず、星形N角形は描けません。
 
上に書いた N/(m+1) の分子と分母
つまり
 N と R=m+1 が互いに素(共通の約数を持たない)
ということが条件になります。
 
また、m、さらに(m+1)については
円周の半分以上になると逆向きに同じ形を描くだけになるので
(m+1)は、Nの半分未満でいいようです。
 
Nが偶数のときには、m+1 = N/2 -1 
Nが奇数のときには、m+1 = (N-1)/2 
ということになり、
これを1つの数式で表すとガウスの整数記号を用いて
 
 m+1 = { (N-1)/2 } 
 
ゆえに、 m = { (N-1)/2 } ー 1
 
と表すことが出来るようです。
ここで、ガウスの記号、例えば {?} とは、
 ? を越えない整数という意味です。
 
mと書いてきましたが、正確にはmの候補と言うべきでしょう。
 
飛ばす点の数については、1,2,・・、m 、ゆえに、
跨ぐ辺の数については、2,3、・・、(m+1)
これらのうち、Nと互いに素である整数が 
(m+1)と定められることになります。
これは言い換えると、Nが大きく、
かつ素数のときに最も多くの複数の星形が描けるということになりそうです。
 
 
最初に書いた星形10角形の場合、
{(10-1)/2}={4.5}=4 なので、2,3,4のうち
2 と 4 はN=10と、2 という約数を持つので互いに素ではない。
ゆえに (m+1)=3 つまり m=2 のみが正解ということになり
図のような1通りの星形しか書けません。
 
 
素数ではありませんが、星形9角形を描いてみたいと思います。
{(9-1)/2}=4
9 と、2,3,4、のうち、3 は除かれるので、
(m+1)は、2と4、即ち 
飛ばす点の数 m は、1と3として2つの星形が描けます。
図3)
イメージ 3

(2014年09月13日)
・・Nが大きくなると星形というイメージからは遠くなります・・(苦笑・・)
 
 
 
 

相対的??・・結局、空想に過ぎません・・
 
 
  存在と歪み
 
 
大きな存在について知ることは少ないのに
大きな存在は
陰に隠れたはずの小さな存在を明らかにすることがある
 
大きな存在は世界の一部を引き寄せ
見かけ小さくなって
隠れるための陰をも小さくするので
大きな存在のもとで真っ直ぐなものが
隠れきれずに姿を見せてくることによって
それに乗って小さい存在が見えてくる
 
ゆえに大きな存在は真っ直ぐなものによって
いつもではないが
隠れている小さな存在の姿を現すことがある
 
大きな存在からは
小さく存在するものも世界の一部を歪ませるから
小さな存在は歪んで動く姿として丸見えであり
世界は歪みで出来ている
 
しかし小さな存在は引き寄せられ歪んだ姿を
直接見ることは出来ない
 
人には逆に真っ直ぐなものが曲がって見えるのだ
 
イメージ 1
 
以前テレビで
太陽の陰に隠れている星が見えるということがあって
それが相対性理論の証拠だという放送がありました。
それで
大きな存在(例えば神とか摂理とか)と
小さな存在(例えば人とか物とか)の関係に置き換えて
光を絡めて書いてみようと思ったのですが
・・稚拙な空想、この辺にしておきます。失礼。
 
(2014年09月10日)
 
 
 
 

 
  唖然
 
 
マイナスしかありえない文脈で
マイナスを投げておいて
マイナスを込めていないのなら
もはや言語など不要だ
 
絆創膏を貼って
滑らかな表面に納得してしまうなら
内側で疼く傷を見せつけることは
修練の果てに
失って
失って
諦めて
諦めて
諦めつくしたときに向ける顔
あまりにも惨たらしい皮肉である
 
それがこの世の言語なら
私は言語を失っている
私はこの世を失っている
 
もののあはれをどうして私が説けるだろう
 
 
(2014年09月08日)
 
 
 
 

以下の聖書の抜粋は前にも載せたことがあります
・・いずれもよく知られた聖句です・・
 
 
 老化・・聖書抜粋
 
 
誰かのために祈るとき、母のために祈るときでさえ、
まるで遺言のように祈っていることがある。
 
 
詩篇22:1
わが神、わが神、
なにゆえわたしを捨てられるのですか。
なにゆえ遠く離れてわたしを助けず、
わたしの嘆きの言葉を聞かれないのですか。
 
詩篇31:5より
わたしは、わが魂をみ手にゆだねます。
 
詩篇39:4-6より
主よ、わが終わりと、
わが日の数のどれほどであるかをわたしに知らせ、
わが命のいかにはかないかを知らせてください。
見よ、あなたはわたしの日をつかのまとされました。
わたしの一生はあなたの前では無にひとしいのです。
まことに、すべての人はその盛んな時でも
息にすぎません。
まことに人は影のように、さまよいます。
まことに彼らはむなしい事のために
騒ぎまわるのです。
彼は積みたくわえるけれども、
だれがそれを収めるかを知りません。
 
詩篇49:7
まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。
そのいのちの価(あたい)を神に払うことはできない。
同10-11
まことに賢い人も死に、
愚かな者も、獣(けもの)のような者も、ひとしく滅んで、
その富を他人に残すことは人の見るところである。
たとい彼らはその地を自分の名をもって呼んでも、
墓こそ彼らのとこしえのすまい、
世々彼らのすみかである。
 
箴言30:8-9より
貧しくもなく、また富みもせず、
ただなくてはならぬ食物でわたしを養ってください。
飽き足りて、あなたを知らないといい、
「主とはだれか」と言うことのないため、
また貧しくて盗みをし、
わたしの神の名を汚すことのないためです。
 
伝道の書7:14-17
 順境の日には楽しめ。逆境の日には考えよ。神は人に将来どういう事があるかを、知らせないために、彼とこれとを等しく造られたのである。
 わたしはこのむなしい人生において、もろもろの事を見た。そこには義人がその義によって滅びることがあり、悪人がその悪によって長生きすることがある。あなたは義に過ぎてはならない。また賢きに過ぎてはならない。あなたはどうして自分を滅ぼしてよかろうか。悪に過ぎてはならない。また愚かであってはならない。あなたはどうして、自分の時のこないのに、死んでよかろうか。
 
イザヤ書46:4
わたしはあなたがたの年老いるまで変わらず、
白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。
わたしは造ったゆえ、必ず負い、
持ち運び、かつ救う。
 
 
テレビの画面はHD画質できれいになったはずだけど、
視力が衰えてきたので、だんだん違いが分からなくなっている。
テレビだけでなく、
時々視界の一部がちらついたり揺れたりするように感じることがある。
視野の歪みや欠損を脳が補って
一見まともに見えるように脳が作った映像を見ているのかもしれない。
それが今の視野と視力つまり視界に他ならないのだから、
他のもっと良質な世界を見ることはなく、
衰えて見えているであろう視界が総てなのであり、
その世界で考えて生きてゆくしかないのである。
 
 
詩篇56:8より
あなたはわたしのさすらいを数えられました。
わたしの涙をあなたの皮袋(かわぶくろ)にたくわえてください。
 
詩篇119:123
わが目はあなたの救いと、
あなたの正しい約束とを待ち望んで衰えます。
 
 
(2014年09月05日)
以上の旧約聖書の聖句は私のお気に入りなので、
新約聖書の聖句もたくさんあるけれど、これからも再録するかもしれません。
 
 
 
 

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