ウソの国:st5402jpのblog

キリスト信仰、カルト批判、詩のようなもの、思想・理念、数学・図形、などを書いています。

2019年08月

 
  議論と保身(5)
 
   嫌われる勇気
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41571142.html
   楽山ブログのコメント欄の続き。私のコメントは、大方、記事用です。
   批判対象:楽山と、シャローム(shalom、シャロム、あなた、彼 )
 
 
(私)
楽山は、キレかかって、なりふり構わず、おとしめのために、悪質な印象操作をしてきます。
 
(楽山)
なんか、シャロームさんに呪いをかけるようなもの言いですね。
思い出したけど、幸福の科学のネット界隈にも、批判者に対して、不幸の予言のような、呪いをかけるようなことを言う信者さんがいて、
ノロイ先生とあだ名されてました。
2019/8/28(水) 午後 6:04 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
呪いではなく、シャロームのコメントから、破壊が進んで起こりうることを推測しています。つまり、シャロームは、皮肉や当てつけを書いている場合ではないのです。冷静に書いても、破壊が進んで鈍感になっているシャロームは理解しないことが分かっているので、ときには、インパクトを考えることもあります。そうすると、シャロームは、しばらく黙るか、感情的に返してくるようです。
(私)
厳しい比喩表現や罵詈雑言も言ったことが何度もあります。それは、読者に対しては、私が不利になりますが、シャロームや楽山のように信じられないくらい呆れるほどの汚い策略をもって、感情や気力を傷つけ消耗させる者を相手にしているので、応分のものを返すことがあるのは、ご存知のはずです。今さら何を言う。
 
(楽山)
今日になって、ふと思い出したことですが、先日あれっと思ったのは、このコメントを見たときでした。案の定スルーされてます。
こういうのは止めた方がいいです。

>この記事は、シャロームに対する私の批判に関連していますか。
2019/7/3(水) 午前 1:55 st5402jp
https://blogs.yahoo.co.jp/mine197272/69065689.html
>前の記事のコメントで問い合わせたけれどレスがない。それで一応批判記事を書いたけど、お構いなしに、この記事を書いて、親孝行の話をしている。後ろ手に隠した者は、もう捨てたのか。
あなたはシャロームの後継ぎになるかもしれません。それとも、あなたの筆致は、楽山に似ていますが、あなたも、成りすましなのでしょうか。
2019/7/7(日) 午後 5:20 st5402jp
https://blogs.yahoo.co.jp/mine197272/69067828.html
2019/8/28(水) 午後 6:11 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 」
 
(私)
筆致が似ていたので、聞いたところ返事が無かったということです。
それで、成りすまし疑惑のキャラが一つ増えたということです。
その疑惑は、今も続いていますが、楽山は何を不当みたいに言うのでしょう。
他ブログのコメントまで使って、おとしめるような悪意の
きわめて卑怯な社会悪を追求しているのです。
 
(楽山)
話はガラリと変わって、
先日このコメント欄で、私が「ありがとう」と伝える事、子供を大事にすることについて投稿したのと、
ほぼ同時刻に、マリアさんも同じようなテーマの記事を投稿してたらしい。
こういう偶然はたまにあるけど、ちょっと、おもしろい。
・娘が、、今朝も、
2019/8/24(土) 午後 5:30
https://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/43324680.html
 2019/8/24(土) 午後 5:27[ 楽山 (自由) ]
https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41571142.html
2019/8/28(水) 午後 6:14 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
また、他のサイトの記事を拾って、自己正当化を図るのでしょうか。
悪人には、役目があるというより、義理や、引けないとか、生活のためとか、事情がある場合もあるでしょう。それは、キリストが憐れんで救うような悪人の場合です。
楽山とシャロームは、そういう悪人ではなく、非を認めない社会悪の偽善者なのです。
 
(楽山)
また思い出した。
いつぞやは、私がシャロームさんと話してたら、stさんはこんなことを言ってきたのだった。
「シャロームと話すな。話すなら、シャロームの仲間として批判するぞ!」
私は、この時、
「『みんな、あいつを無視しろ』という、いじめの主犯みたいだな」
「こんな脅しめいたことを言うのは、私のことを、脅せば言う事を聞く奴だとか、子分だとか思ってるのかな」
「『批判したくない人に、批判することを強要しない』とか書いてたくせに、シャロームさんに対して自分と同じ立ち位置につくことを強要してるじゃん」
など、疑問に思ったのでした。
2019/8/28(水) 午後 6:27 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
「するぞ!」という乱暴な口調は、明らかに、楽山の捏造です。とても下等な印象操作です。こういうことをしてくるのです。だんだん、人格破壊が進んで、キレかかってくると、見境がなくなる楽山であることが明らかになっています。怖い一面が出てきました。
(私)
批判したくない人に批判することを強要しない、というのは、批判する主格のことを言っているのですが、シャロームは、批判対象です。楽山の理路は、意味不明です。
 
(楽山)
もう一つ思い出した。
シャロームさんとある程度の距離を保った会話をしてたら、stさんが唐突に、「二人はマブダチですか」とか問うてきたのだった。
私は、見れば明らかなように距離を持った会話してるのに、マブダチはないだろうと思いつつ、ネット上の知り合いですと答えたのだった。
この時、シャロームさんは私のことを案じてくれたらしく、知り合いというのは取り消した方がいいと言ってくれたけど、私は何となしにペテロの否認のことを思い出してそうはしなかった。
これはstさんから攻撃される一因になってるかもしれないけれども、自分の良心としては、「シャロームさんとはマブダチでも知り合いでもありません。そんな人は知りません」とか嘘を言わないでよかったと満足してる。
2019/8/28(水) 午後 6:35 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
「マブダチ」は使わないと思います。
野卑をそんなに否定はしませんが、楽山の意図は印象操作です。
楽山は既にキレて、破壊が進んでいるようです。
(私)
ペテロの否認は、ペテロが激しく泣いて、悔い改めにつながります。
自分をペテロになぞらえる楽山の気が知れません。反省と悔い改めの欠片もないのに。
(私)
悪い友達は、悪さを共有して、仲間ぼめをする、ということを自ら表しています。
友情を表したつもりのようだが、我を通して相手をおとしめるだけの、
乾いた砂のような、温もりも潤いもない仲間たちのコメントです。
 
(私)
真理を得たと浮かれて他者より偉くなったと得意になるのがカルトです。
真心を得たと感動して他者より感じやすくなるゆえに冷静になるのが信仰です。
 
 
(2019年08月31日)
 
 
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  議論と保身(4)
 
   嫌われる勇気
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41571142.html
   楽山ブログのコメント欄の続き。私のコメントは、大方、記事用です。
   批判対象:楽山と、シャローム(shalom、シャロム、あなた、彼 )
 
 
(私)
楽山の、みすぼらしい言い逃れの詭弁です。どこまでも、非を認めないという性質だけでも、いずれ、具体的な社会悪となってゆく要素なのです。
 
(楽山)

>会話の途中ではありません。コメント投稿の途中です。それが、まだ書き込みがあるか、すぐあるか、ないのか、すぐ分かるという楽山は、千里眼でも持っているというのでしょうか。
 」
これは話が違ってきてますね。
これまでの流れをコピペするとこうです。
2019/8/28(水) 午前 7:04 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
ということらしいが・・
 
(楽山)

>私が他の方と話をしてるときに、強引に割り込んできて、攻撃的なコメントを連投するということが、ちょいちょいあるし、これは御勘弁ください。
 」
2019/8/26(月) 午後 9:32[ 楽山 (自由) ]

>これも、呆れた話です。コメントの遣り取りの途中であるか、一休みであるか、大方、区別はつかないものです。それを分からずに上のようなことを書いてくることこそ、独りよがりの自己中心の表れなのです。
2019/8/27(火) 午前 5:23st5402jp
 」
2019/8/28(水) 午前 7:05 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
私は、コメントの遣り取りのことを書いています。何がおかしいのでしょう、何が、あれ?、なのでしょう。
 
(楽山)
>普通は、会話の途中か、一段落したかはすぐ分かるもんだと思いますが、もし分からないのであればしょうがないですね。失礼しました。
>2019/8/27(火) 午後 10:00[ 楽山 (自由) ]
 
(私)
楽山は、コメントの遣り取りから、ここで、会話という言い方をしています。
むしろ、この楽山のコメントが、あれ?なのです。すり替えだと思います。
 
(楽山引用)

>会話の途中ではありません。コメント投稿の途中です。それが、まだ書き込みがあるか、すぐあるか、ないのか、すぐ分かるという楽山は、千里眼でも持っているというのでしょうか。このように、仲間意識で偏向しているために常識的判断が出来ないのが、シャロームと楽山の特徴です。
 」
2019/8/27(火) 午後 11:40st5402jp
2019/8/28(水) 午前 7:05 [ 楽山 (自由) ] 返信する
(楽山)
これを見ると、
stさんは当初は、複数人の「コメントの遣り取りの途中」かどうかを念頭において話してた。
私は、複数人の会話の途中に割り込まないでといってたのだから、これは当たり前です。
でも、stさんはなぜか急に、一人の「コメント投稿の途中」の話に変えてきた。
 
(私)
大丈夫ですか。遣り取りするためには投稿するわけですから、コメント遣り取りも、コメント投稿も、いっしょです。私は、一人のコメント投稿など、書いてはいません。二人以上の複数でなければ、相手がいなければ、書き込みがあるかどうかが分からない、ということは成り立ちません。どこに、複数とか、一人の、とか書いてあると言うんだ。何を言ってるんだ。いい加減にしなさい。
(私)
コメントの遣り取りというテーマは、何も変わっていません。あなたの読み違いです。読解力が無いのです。こういうことで苦情を言える根性が信じられません。さすが、カルト、手段を選ばない。どうやら、わけのわからないことを、言い張って凌ぐつもりのようだ。
 
(楽山)
察するに、
stさんは、自分は空気が読めないことを自分で暴露してしまったことに気が付いて、話を変えて誤魔化し、ついでに楽山に嫌みを言い、シャロームさん共々こき下ろしたということでしょう。
2019/8/28(水) 午前 7:06 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
空気なんか関係ないです。誤魔化してなどいません。楽山は、コメント、会話、などと変えているが、私は、一貫して、相手のいるコメントの遣り取りについて書いています。
(私)
コメント投稿において、後の誰かのコメントが、すぐ来るか、来ないか、しばらくして来るか、ということは分からないと言っているのです。
(私)
愚かな楽山です。私は最初から、コメントの遣り取りのことを書いています。楽山は途中から会話ということになっている。こういうのを、いちゃもん、言いがかりというのです。
(私)
楽山は、夢でも見てるんじゃないか。でなければ病気か障害です。でなければ、作為の、とにかく何か言ってやろうという嘘っぱちです。楽山は、被害妄想に陥って、それに合わせて、でっち上げの、通らないことを言い張っています。もはや、何の理解も出来ないのでしょう。
 
(楽山)
これは分かりやすい例ですが、stさんにはこういう「あれ!?」と思わせられることがちょいちょいあります。もう少し踏み込んで言うと、偽善だ、詭弁だ、カルトだというシャローム批判は、自分自身をシャロームさんに投影してるだけじゃないかと思うことが度々あります。でもそれを指摘すると、逆ギレ、粘着される結果になるので、スルーすることになります。
 
(私)
完全に、言い逃れのカルトの罵詈雑言モードです。結論だけを決めつけるというやり方で、おとしめにかかっています。きたない。恥ずかしくないのか。
(私)
自分が逆ギレして粘着、すなわち、ねちねち執拗に、いちゃもんを並べているのに、自分が言われそうなことを、こちらに当ててくるという、シャロームもやっていた言い方で、また、おとしめてきました。さらに、投影という、シャロームの言ったいたことをも、当てつけているが、よほど、二人は、投影という言葉が魔術的に見えて、好きなのでしょうか。シャロームと楽山の共通した、罵詈雑言となっています。
 
(ネットより)
心理学における投影(とうえい、英: Psychological projection)とは、自己のとある衝動や資質を認めたくないとき(否認)、自分自身を守るためそれを認める代わりに、他の人間にその悪い面を押し付けてしまう(帰属させる)ような心の働きを言う[1][2]。たとえば「私は彼を憎んでいる」は「彼は私を憎んでいる」に置き換わる[2]。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%95%E5%BD%B1
 
(私)
投影というのは、策略の詭弁としては、まさに、自分が言われそうなことを、相手に当てはめるのに好都合なようです。詭弁家の、弁明が出来なくて困ったときの便法なのでしょうか。汚いです。
 
(楽山)
またシャロームさんが他の人と会話をしてるとこに、stさんが乗り込んでいっているのをみると、そこのブログ主さんはシャロームさんとは話しても、stさんをスルーしてるようです。
 
(私)
それはね、ある程度承知の上です。なぜかと言うと、私はシャロームだけを批判しているからです。文脈と流れから、楽山は分からなかったですか。しかも、他のサイトのことを、ここで書いて、おとしめの材料にしているのは、実に汚いです。楽山のケダモノ性か怪しい香具師(やし)性が表れています。
 
(楽山)
このことからもstさんをスルーするというのはそう間違ってないようだという判断になりますし、stさんのシャローム批判を真に受けてシャロームさんを無視したり、非難する人はいないようなので、stさんから批判されてもいちいち反論する必要もなく、スルーでよいということにもなります。
お節介なことかもしれませんが、stさんはいろいろと反省した方がいいです。
2019/8/28(水) 午前 7:08 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
「スルーするというのはそう間違ってないようだという判断になります」
「スルーでよいということにもなります」
自分に許可を与えているような言い回しです。その割に、嘘の汚い言いがかりで、おとしめてくる楽山です。これが、カルトであり、荒らし体質であり、理屈倒れであり、言いがかりである楽山のやり方なのです。こんな人が、人生について宗教について書いても、いい加減な内容の刷り込みにしかならないのは当然だろうと思います。相手を、混乱させ、疲労させて、難を凌ごうとするような、いわゆる輩(やから)なのです。
(私)
楽山が、人の意見を、楽山の都合に合わせて取捨して、勝手な文脈を作るのなら、自覚も罪悪感も病識ない楽山の文章など、見る価値は皆無だと思います。
 
(楽山)

>楽山の記事と変わりはないのです。都合の良いところだけ、反対できそうなところだけ、拾って何やら、おかしなことを言い、あとは忘れているアドラー教なのです。近寄れば、滅びます。
 」
紙幅も、時間も限りがあるので、すべてを書くのではなく、テーマ、状況を絞って書くのはあたりまえです。
 
(私)
テーマは絞っています。たとえば、ここでのテーマは、楽山の偽善と詭弁です。それでも、楽山とシャロームの文章は、始めから前提が偽善であり、総てが自己中心の妄想で出来ているのです。だから長くなるのは当然であり、短くしろ、などというのは、悪も偽善も認めたくない者、楽山とシャロームの、逃げ口上です。騙されないでください。
 
(楽山)
だから、たとえば、Aという個性で、Bという状況を設定して書いた人生論的な文章に対して、Cという個性とDという状況では該当しないと批判したところでそれはナンセンスであり、文章の背景を読み取れてないということです。
stさんは空気を読むのが不得意だったり、相手を批判したいという気持ちが強すぎるせいか、この辺りのことを読み取れず、的外れなことを書いてることが多いです。注意した方がいいです。
2019/8/28(水) 午前 7:15 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
理屈を書いているつもりのようだが、人間の心の発露と表現に対して、A,B,C,D、意味不明です。遣り取りしている最中に設定できるわけがありません。楽山やシャロームの無感動で平板な世辞と違って、人間は動く活性を持っているからです。楽山は人と人の意見を見るのに、プログラムのチャート図でも見ている感じなのでしょう。これで何か、説明したつもりなのでしょうか。
(私)
楽山の、理解力、理路と情緒の鈍化に加えて、説明力、説得力の欠如が、あらわになっています。
道理で、小学校の作文のようなものや、ボンヤリ言語になるはずです。
(私)
>「stさんは空気を読むのが不得意だったり、相手を批判したいという気持ちが強すぎる」
根拠が、まるで示されていない、楽山とシャロームの多用するいつもの決めつけです。
(私)
「この辺りのこと」?・・、何を、いい加減なことを言っているのでしょう。一刻も早く、真実追求と紛らわしいカルト記事を引っ込め、ブログを閉じてください。そして、二度と公共の場に、詭弁と嘘を抱えて出てこないでください。あなた方は、社会悪なのです。
(私)
楽山は、文脈も状況も空気も、何も読み取れていないことを、ごまかすために、勝手な理屈を捏ねて理屈倒れになっているだけです。楽山そのものが意味不明だからでしょうか。このようなコメントで、答えたつもりでいるなんて、今回は、祭りのインチキな出店のように、理路も目的も情緒も安っぽくて、みすぼらしい楽山です。
 
(私)
私は、努めているのであって、何も得意なものなどありませんが、ナルシシストの楽山は、いつも、分かっている、知っている、という立場から見下ろして、嘘や小細工をもって、詭弁臭を吹きかけてきます。みじめな末路をさまよっている偽善者たちは、今も、自分だけは、見ようとしないのです。
 
(シャローム)
> st5402jpさん おはようございます
(私)
キリスト者の正しさは、言動の正しさではありません。
 (私)
キリスト者の正しさは、祈りと赦しが必要なほどの告白の正直さ以外ではないのです。
 (私)
 神の前に、キリストの御名によって祈る心得は、正しさではなく正直さであります。
 (私)
 神に背くような、人間としての弁えの鈍い者たちは、やたらと正しい立場を売りに出していますが、
 (私)
 私たち信仰者は、既に、自らが正しくないことを認めた人間であります。そのような人間が、救いを求めるところは、豪語ではなく、礼儀ではなく、美辞麗句ではなく、世辞ではなく、思い込みではなく、ただ神に対してのみ、一途に正直であろうとすること、そのただ一点においてのみ、救われる信仰者がいて、救い主がいるのです。
2019/8/27(火) 午前 5:25st5402jp
2019/8/28(水) 午前 9:57 [ shalom ] 返信する
 
(私)
何か、それがシャロームの有利に働くと思っているのですか?
あなたは、やたらと正しい立場を売りに出している人なのですが。
あなたは、自分が正しくないことを認めたことがないのですが。
あなたは、豪語し、礼儀と美辞麗句と世辞を振り回し、思い込み、神に対して、一途に偽りをもって、その一点において、信仰を台無しにしているのですが。
また、日本語を間違えましたか?
 
(シャローム)
自らが正しくないことを認めた人間で・・・そのような人間が、救いを求めるところは、豪語ではなく、礼儀ではなく、美辞麗句ではなく、世辞ではなく、思い込みではなく、ただ神に対してのみ、一途に正直であろうとする信仰者は・・・stさんだけで、そのただ一点においてのみ、救われる信仰者がいて、救い主がいるというのです・・・ね。
shalom!
2019/8/28(水) 午前 9:58 [ shalom ] 返信する
 
(私)
一途に正直であろうとする信仰者ではなく、嘘八百で讃美するペテン師、その一点において、救われる信仰者も、救い主もいない、というあなたシャロームなのですが。
また、日本語を間違えましたか?
2019/8/28(水) 午前 10:42 st5402jp 返信する
(私)
どうやら、シャロームは、私の書いたことを引用して
「・・・stさんだけで」と、茶化したかったようですが、
「・・・ね」という、ふざけた書き方で悪意の念を押したつもりのようですが、
神に対して正直であろうとするのは、ごく自然なことで、悪意は功を奏さず、
代わりに、シャロームの赤っ恥に変わるのは、シャロームの人格破壊が進行しているのでしょう。
神に対して、不正直であり、かつ、神を騙そうと企む者が、自ら報いを受けているのでしょうか。
神は、人を真実へ向かわせます。その神を悪用する者は、逆へと破壊されてゆくのでしょう。
何かの超常の魔法というのではなく、人間が、そのようにできているようなのです。
しかし、シャロームは、それを恥と受け取らないでしょう。
それが、反省しないシャロームという人です。
2019/8/28(水) 午前 11:33 st5402jp 返信する
(私)
いずれ、シャロームは、ふるえて眠るようになるでしょう。
2019/8/28(水) 午前 11:34 st5402jp 返信する
 
 
(2019年08月30日)
 
 
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  議論と保身(3)
 
   嫌われる勇気
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(私)
楽山の、お仲間シャロームへの依怙贔屓が全開になっています。正義などお構いなしだということは前から知っています。シャロームが元々のお仲間であることが明らかになっています。カルトの仲間だということです。おぞましい限りです。一面的、一方的、が目の当たりになっています。
 
(楽山)
>shalomさん、おつかれさまです
臭い臭いと文句を言いながら、他人のおしりをなめ続ける生き方って、なんだか、すごい表現です。でも言ってる意味ははよく分かる。
2019/8/27(火) 午後 10:00 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
尻出しの汚い表現でも、楽山は褒めるしかありません。お仲間ですから。
楽山がシャロームと共にする汚さがよく分かる。
 
(楽山)

>これも、呆れた話です。コメントの遣り取りの途中であるか、一休みであるか、大方、区別はつかないものです。それを分からずに上のようなことを書いてくることこそ、独りよがりの自己中心の表れなのです。
 」
普通は、会話の途中か、一段落したかはすぐ分かるもんだと思いますが、もし分からないのであればしょうがないですね。失礼しました。
でもこれが分からないなら、連投しすぎは止めてくださいといっても、伝わってないかもしれませんね。
一応、具体的にいうと、連投しすぎは止めてくださいというのは、5連投以上は止めてくださいという意味です。
2019/8/27(火) 午後 10:00 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
会話の途中ではありません。コメント投稿の途中です。それが、まだ書き込みがあるか、すぐあるか、ないのか、すぐ分かるという楽山は、千里眼でも持っているというのでしょうか。このように、仲間意識で偏向しているために常識的判断が出来ないのが、シャロームと楽山の特徴です。にもかかわらず、すぐ分かるもんだという無責任なことを平気で言うのも特徴です。
(私)
言葉を、5コメまで、という、心ではなく、数で評価するのは、実に、言葉軽視の楽山らしい。詭弁で出来ているから、レスが5コメで収まるかどうかは、全く保証外のことです。楽山は、言論の本質について、まるで分っていない、ということが明らかです。また、ねちねち書いてくるのだろうか。
 
(楽山)

>楽山に対しては、物わかりのよさそうな言葉面に騙されていたと分かったのは、シャロームの意見が常識的にも通らないところで、根拠もなくシャロームの味方をしたことで、信頼してはいけない相手だと知って批判をしています。
 」
この流れについては、shalomさんのコメントで読んだ覚えがあります。
内容は不正確かもしれませんが、大体こんな話だったと記憶してます。
stさんは、誰かと知り合った時に、はじめはすごく謙虚に対応する、
相手もこれに応じて礼儀正しく対応する、
でもそのうちに、stさんの態度に、あれ?と思ったりして、徐々に距離を取るようになって行く…云々。
ざっくり言えば、私もこういうパターンだったということです。
shalomさんは、空気を読んだり、状況を把握したりできる人のように思います。
2019/8/27(火) 午後 10:03 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
私は、楽山のコメントを直接受けた経験から言っています。
私は、すごく謙虚ではありません、ふつうです。批判に転じてからは、相手がシャロームか楽山だと、無視が頻繁なので、だんだん厳しくなったということです。
(私)
あれっと思うのは私のほうです。そこから、私は一種独特な詭弁臭というものを学びました。嘘を吐くときの、文章に表れた、似ているけど違う別の言葉に置き換える、理路をごまかす、ニュアンスの違いを利用する、曖昧な全般を個別に当てはめる、個別を全般に広げる、などの詭弁が、すごいわけです。
(私)
人間ならしないような呆れる騙しのテクニックです。今もしています。だいたいこんな話と言っているのは、シャロームと楽山に当てはまることです。自分が言われそうなことを先に相手に当てはめてくるという彼らの汚さは忘れることが出来ません。
 
(楽山)

>シャロームの、やさしそうな言葉は、全て嘘だと知ってほしいです。
 」
stさんは、この手のシャローム批判を何度も書いてます。シャロームの丁寧語に騙されるなとか。
 
(私)
まさに、シャロームについても、楽山についても、そういうことです。
 
(楽山)
でも私は、この一年ほどシャロームさんを見てきましたけど、大体いつも変わらないです。どこで誰と話しても、大体同じ感じ。
 
(私)
矛盾していません。いつも変わらず、嘘を吐いてきます。いつも、嘘を基調に、神を讃美したり、豪語したりするわけです。
 
(楽山)
シャロームさんはクリスチャンで政治的には左寄りっぽいらしいでけど、ノンクリで右寄りで唯物論っぽい話をする私に対しても、怒って攻撃してくることもない。
 
(私)
ノンクリで唯物論って話だけなら、私は批判しないでしょう。唯物論や自然科学には興味もありますから。シャロームは、楽山に、怒るわけはないですね、攻撃するはずもないですね、お仲間だから。楽山は、無意味なことを書いています。
(私)
つまり、楽山は、私が偏ったことを強要するというイメージをここで作りたいのです。ネトウヨや悪い政治宣伝の言い分や刷り込みと同じようなものです。宗教についても、宣伝で料理してやろうという悪だくみが明らかになっています。ますます危険人物としての楽山の誘導が明らかになっています。もっと浮き彫りに出来ればと思います。
 
(楽山)
私は当初は、シャロームさんに皮肉はダメだとか批判的なことを書いてたけど、そのときも逆ギレはしなかった。
 
(私)
シャロームは、お仲間には、逆切れとかしないです。どうしても、独立した人格と思わせたいようです。なりすましかどうかにかかわらず、お仲間同士が宣伝し合って、不都合分子を排除しにかかっているだけのことです。正体は、恐らく、とても怖い連中なのです。
 
(楽山)
一方、stさんはといえば、はじめは私にすごく慎重に丁寧に応対してた。でも考え方の相違点が出てきたら態度は豹変した。
 
(私)
私は、すごく慎重に丁寧に応対などしていません。私はストレートです。豹変ではありません。卑怯者に対して変化しただけです。丁寧、豹変、これらは、私についての、ひどい人という印象操作です。こういうことだけを学んできた者たちなのです。心を学ばないで、小手先の言葉の細工だけを学んできた、という、足らない自分を自覚できないナルシシストの醜い姿なのです。
 
(楽山)
正直、こういう経験をしてると、stさんの上のようなシャローム批判は根拠に乏しく感じられます。あしからず。
2019/8/27(火) 午後 10:04 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
最初にシャロームの味方をしたときの同じような書き方です。ねちねちと根拠が乏しいと言ってきました。ネットにおいて証拠となる根拠を示すことは困難です。したがって、人間的なセンスが必要になりますが、これは、楽山とシャロームが、最初に捨てたものなのでしょう。
(私)
シャロームの、悔い改めない言い訳の、悔い改めは神が与える、などという詭弁は、悔い改めていないなら神はあなたに与えてはいない、という残念にしかならない詭弁です。その重大なことを、楽山は、スコーンとすっ飛ばして、根拠が無い・・を、私に向けているのです。恣意的でしかありえない。
(私)
根拠に乏しく感じられます、と言うけれど、都合の良いところだけ、突っ込めるところだけあげつらうのです。自覚がないから、また、同じ詭弁の筆致を繰り返しています。
(私)
あしからず・・は、皮肉の笑いです。ここで、性根を表しています。楽山とシャロームの基調にあるのは、他者を馬鹿にして、笑っている感情だけなのです。誠意の欠片もないのです。二人の丁寧語に騙されないでください。ストレートが一番正直であることを知ってください。
 
(私)
楽山が、冷静に中立に、を装って書いてくるというのは前からです。多くの人が、こういう書き方に騙されていると思います。
(私)
シャロームと楽山の二人組は、ずっと前から、カルト宣伝という目的によるところの、仲間だということが、一部だけを取り出して、根拠もないのに、ねちねちと、楽山の執拗な苦情と、シャローム弁護と、詭弁によって、明らかになったと思います。
(私)
私は、今回の応答の拙劣かつ卑怯な有り様から、彼らは、本当に、根腐れだと思います。
(私)
もっともっと、言い負かしに自惚れている楽山とシャロームという詭弁家については、真実を求める人間性に基づいた人間らしい心の追求から、さらに明らかになることがあるでしょう。
(私)
シャロームは8年間、実際はそれ以上、楽山も、推測するに長きにわたって、この二人ほど、変わることなく、反省することなく、キリスト教の神を、敵に回し、愚弄し続ける者を、他に知りません。人はもちろん、神をも、恐れていない証拠です。その対立軸である悪魔性が基調なのでしょうか。
2019/8/28(水) 午前 0:10 st5402jp 返信する  
(私)
楽山は、都合の良いところだけ、反対できそうなところだけ、拾って何やら、おかしなことを言い、あとは忘れるという徹底した自己中心主義のアドラー教なのです。近寄れば、滅びます。
(私)
神は、自己中心の者の神ではない。 何故なら、神が中心におられるからだ。
 
(私)
補足的に・・既に(2)のほうに、シャロームの心ない決めつけについて批判を書きましたが、シャロームは、キリスト信仰とは真逆の、罪は気にしなくていい、罪は悔い改めなくても救われる、という偽信条を持っています。そして徹底した自己中心で、何の節操もなく、歩み寄る人を騙して、世辞を返されて気分爽快となるシャロームです。
(私)
つまり、シャロームにとっては、騙しおおせて世辞と偽りに生きていることが順調な人生であり、批判されている今が異常だ、被害だという認識になっています。認識もまた真逆なのです。以上から正常に戻ることは、シャロームにとって、苦痛なのでしょう。しかし、シャロームの自己中心の順調さは、関わるものにとって甚だしく迷惑であり有害であります。
(私)
こういう極めて常識的なことが、何十年も分からないでいるというところに、シャロームの悪性の病巣があります。そして、その偽りの程度は、社交の世辞の表面的なお付き合いの弊害を、はるかに越える犯罪性を持っています。シャロームは、いつも、既に勝っている上からの立場に自分を置いて、批判されると、批判者を打ち負かすためだけの、嘘っぱちの、動じないぞ、という、人を食った言い方で、また嘘を重ねたり、劣った者に教える高慢な態度で貶めてくるのです。
(私)
罪を犯して笑う宗教人?は、偽善を善と勘違いして、罪を感じる罪悪感が麻痺しているか、元々持っていない者なのです。
 
(私)
偽善は、あらゆる罪の中で、キリストが、それゆえに赦さなかった最大の罪であり、二千年前に、既に、キリストが、屈しない命をもって、明らかに伝えているのです。罪は、悔い改めることがありうるが、偽善は、悔いない傲慢を既に内包しているから、と言ってよいでしょう。
 
(私)
私などは、善より、はるかに悪と罪のほうが多い人間ですが、キリストに出会うことが救いとなったのは、キリストすなわち神の前に正直な人には、犯罪人であっても赦して信仰の義を与え天国を約束したからです。
(私)
罪に塗れている人間は、それを上回る善行を神の前に捧げることなど出来ません。何故なら、自らの犯した罪の原因と結果を総て辿ることが人間にはできないからです。だから、一つの罪の原因を完全に除くことも出来なければ、完全に償うことも出来ないのです。そこに人間の不完全性があり、罪性があるのです。
(私)
では、善ではなく、信仰として、人間が捧げられるものは何なのか、ということを考えると、もはや、罪人であることを認めて、神の前にだけは正直に生きてゆくこと以外にはありません。すなわち、人間が、神に捧げることの出来るものは、ただ一つ、精いっぱいの正直以外にはないのです。
(私)
そのことから、いかに慈善事業に参加したり、いかに親切を心がけても、神の前に、故意に偽れば、救いを拒んでいることとなり、神のとの御縁を人が自ら否定することになるのです。また、人に対する正直や善行は、信仰の表れとしての結果に過ぎず、救いを担保する何ものでもありません。
 
 
(2019年08月29日)
 
 
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  議論と保身(2)
 
   嫌われる勇気
   https://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013/41571142.html
   楽山ブログのコメント欄の続き。私のコメントは、大方、記事用です。
   批判対象:楽山と、シャローム(shalom、シャロム、あなた、彼 )
 
 
シャロームが、口を出してきました。夜のこの時間にシャロームがネットするというのは、あまり見たことがありません。成りすましを疑う根拠が一つ増えたかもしれません。
 
(シャローム)
> st5402jpさん こんばんは
「愛とか心とか信仰とかいったテーマについて、楽山、シャローム、易坊は、書けないのではないかと思っています。」
あなたにとって「愛とか心とか信仰とかいったテーマ」は
現実のテーマではなく、ブログという仮想現実だけで虚しい言葉を書きつらねる言葉遊びをすることのようですね。
 
(私)
シャロームは、無責任な妄想の言い張りだけを続けていますが、まだ、自分の意見が言えると思っているようです。仮想現実、空しい言葉、言葉遊び、いずれも根拠が皆無です。こういう人を、まともに相手にしてはいけません。意味もなく挨拶していますが、根性は、荒らしと同一なのです。
 
(シャローム)
だれでも人は自分の人生ノートにそのテーマについて書くべき言葉をさがし求めながら生きているのではないでしょうか。
 
(私)
シャロームは、違うと思います。シャロームが書けば、ノートは罪と偽善だらけになるからです。にもかかわらず、こういう、説教口調で書いてくる、それが、シャロームです。聖書に書かれている偽善者よりも、うわべの丁寧な分だけ、裏切りの悪性度は高いのです。
 
(シャローム)
人のノートの書かれている言葉が気に入らないからと言って、
ただ人を誹謗、中傷するばかりなのですから、あなたの仮想現実という土俵でしかないノートでかわす言葉なんて一言もありませんよ。あなたもそうではないのですか。
2019/8/26(月) 午後 11:02 [ shalom ] 返信する
 
(私)
気に入らないから書いていると、既に、私が否定したことを、また、あげつらってきます。この人は、根腐れなので、理解力も読解力もなく、言いたいことだけを言って終わりなのです。そして、誹謗中傷と決めつけています。読めないからでしょう。言われそうなことを、言ってくるのです。ネズミかゴキブリのようにゴソゴソと、ウンコのような雑言を振りまく活動様態です。決して近づいてはいけません。
 
(シャローム)
あなたが今日一日、明日、その後どのように「愛とか心とか信仰とかいったテーマ」に向き合って、自分のノートにどのような言葉を書くか、他の人とどのように生きるかはあなたのテーマです。たまたま共感し合ったり、そうできないとしても、あなたはあなたであり、私は私であり、私の生き方にあなたが干渉したり、また、あなたも他の人に干渉渉されることでもありません。
 
(私)
テーマに向き合って、どう言葉を書くか、どのように生きるかが、私個人だけの問題だと言っています。とんでもない、これは、重要な人間一般の問題です。シャロームは、どんなに迷惑をかけても、自分勝手に吹聴し、自分勝手に生きてきたから、考えたことがないのでしょうか。
(私)
人は人、自分は自分、という自己中心の身勝手を、真実追求においては、既に私は、何度も否定してきましたが、また、書いてくるのです。何も受け取っていない証拠です。自分に都合の悪いことは何も受け取らない人です。人間とは思えないです。
(私)
鈍感が敏感のふりをし、無理解が理解のふりをする、という、見栄だけで、悪口を決めつけてくる人型のケダモノだと思います。サイコパスと言ったことがあります。この人と関わることは、滅びを選ぶことに等しいと思います。
 
(シャローム)
もし、そうできないのであればあなたはかけがえのない自分の自尊心を乗っ取られてしまい、自己肯定感のないまま自立も、自律もできていないからではないでしょうか。
 
(私)
最近、シャロームは、私が何かに乗ったられたからみたいなことを書いてきます。根拠を示せないのに、平気で書いてくる異常者です。シャロームこそが妄想に支配されることが他者に有害となる実例を示しています。
(私)
前に、唐突に、あなたは自他未文化ですね、と書き始めたことがあります。どこからか仕入れて言葉を分かりもしないで当てつけてくる低劣な悪口が特徴です。そして、賛同者には、痒くなるような世辞を平気で言います。このような人がいること自体、驚きでした。今も何も変わっていません。
 
(シャローム)
心を乗っ取られた怒りと不信、うらみをぶつけて他の人の心を自分の支配のもとに取り込もうとしても、自分の心を取り戻すことは出来ませんよ。それ心を癒し、回復してくださる方がイエスさまです。あなたのイエス様にはできないのですか。
2019/8/26(月) 午後 11:04 [ shalom ] 返信する
 
(私)
約8年間の、シャロームがキリスト者ではないという批判があり、反論も弁明も出来ず、今も続いている現状で、上のような癒しと回復を語ることが、実に気色悪い偽善の表れになる、という長い文脈の流れが、シャロームには分からないから、気づくこともなく、また、書いてきています。吐き気がします。
(私)
怒り、不信、恨み、いずれも、シャロームの言動の源泉です。それを相手に向けて、心を乗ったられたなどといっています。シャロームは、心の無い人です。
(私)
シャロームの讃美言葉の酸味は、腐敗しか表しておらず、実に気持ち悪いことです。
(私)
「あなたのイエス様にはできないのですか」という言い方でも分かるように、シャロームのキリストは何でも癒やして回復してくれるシャロームの奴婢のような存在なのでしょう。このようにキリストを私物化しているのがシャロームなのです。
(私)
シャロームの神は、ただシャロームを愛してくれて、誉めてくれて、救ってくれるだけで、戒めもせず、懲らしめもしないのでしょう。そんな信仰が、人間にとって、何の助けになると言うのでしょうか。シャロームのキリストは、さぞかしシャロームそっくりの顔をしていることでしょう。身の毛の弥立つほど気持ち悪いことです。
(私)
このように、以前から、根拠なく批判者を病気と決めつけて、求めてもいない説明をしてきます。恐らく不都合な場合には、いつも、このように他者を悪か病気に決めつけて逃れてきたのだろうと思います。卑怯だけ、嘘だけ、偽りだけ、偽善だけを、生きる生業にしてきたのだろうと思います。決して近づかないでください。
(私)
シャロームが、回復してくださるのがイエスさま、と言っているのは、聖書のキリストではなく、シャロームの救われ妄想の中で、いつもシャロームの味方となり、いつもシャロームが正しいと言ってくれる捏造の偶像です。加えてシャロームがキリストを讃美するとき、シャロームは、褒めておけばいいじゃろ、という、最悪の罪を犯しています。有形無形の事実を総て、既に、ご存知の御方に対してです。
(私)
このように、聖書とキリストと神を悪用しているのですから、その罪と偽善の重さは、測り知れません。しかも、恐らく、故意だろうと思います。罪だけでなく、神とキリストについても、利用する以外、何とも思っていないのだろうと、最近、私は、思います。
(私)
本気ならば、本気で信仰によって、批判に抗してくるはずですが、時に「(笑)」と書いたり、今回のように牧師の説諭であるかのように装って、実際は、嫌らしい当てつけと悪口しか言っていないのです。
 
(シャローム)
私と、楽山さんと易坊さんはなりすましの同一人だという
あなたの妄想に付き合っているほど時間はありません。
もう十分すぎるほどの多くの時間を費やしているとは思いませんか。
 
(私)
時間があるかどうかの問題ではありません。
(私)
私は成りすましの疑惑と言いました。妄想は決めつけることです。また、間違えている。
(私)
そして、妄想は、シャロームが持っているものです。そして、今、私を対象にして、妄想だと言っている悪口が、その例です。いつも、シャロームは、何でも人のせいにする最悪の実例にしかならない、ということが表れています。
(私)
多くの時間を費やしても、不感不応の、オトボケや、繰り言や、妄想が返ってきます。シャロームを説得することは、とうに諦めています。シャロームが出てくるたびに、批判を貼りつけて、警戒を呼び掛けています。
 
(シャローム)
人はそれぞれ、自分の思い、感情、言葉、行動には自分に責任があるのです。
 
(私)
その責任を、一切、負うてこなかったのがシャロームです。また、自分の言葉で、自分を斬っているようですが、今まで、ずっと、あらゆるシャロームの言葉が、シャロームを斬り、否定する根拠となっているのです。シャロームの低劣な発言を見るたびに、その醜い根性がますます臭ってくるからです。
 
(シャローム)
私たちだけではなく、誰もが認めようと、認めなくても、生ける神の御手に守られ、御手に導かれ、愛され、生かされているというのが私の信仰なのです。
 
(私)
シャロームの讃美言葉の酸味は、腐敗しか表しておらず、実に気持ち悪いことです。
(私)
神は、嘘を、偽善を、神の名を悪用した無罪妄想を、守るでしょうか、否であります。シャロームは、聖書から都合の良い言葉だけをベロベロしゃぶっているだけで、聖書を読んでなどいないと思います。
(私)
神は、偽善者を守る神でないことは聖書から明らかなのです。シャロームは、聖書から、欲望の保証を受け取っているようですが、そのような神は、どこにも存在しません。このように、信仰という生き方の真実を求めるテーマにおいては、人それぞれは決して成り立ちません。
(私)
シャロームは、生ける神の御手は、偽善者をいずれ滅ぼすということを、聖書から学んでいないのです。神さえも欺いて、今も、平気で信仰?を説こうとする悪意は、いかなる詐欺師よりも、激しい病理の発露として、ネットをヌルヌルと邪悪さで滑りやすくしてゆくだけなのです。
 
(シャローム)
あなたがどのように考え、思われるかはあなたの自由です。
いつまでも私のお尻をなめるような生き方をしているのはあなた自身であって、くさいくさいと文句を言っても、それは私のせいではありません。
 
(私)
シャロームは、言わなくてもいい自由を書いたあとで、おかしなことを書いています。
自分に対してお尻を持ち出すのは珍しい比喩の書き方ですが、シャロームは、とりわけ臭さを強調したいのでしょうか。シャロームは、すでに破壊されている途上ですから、そういうことも、あり得るのでしょう。人格の低格化、シャロームを動かしているのは、とても、原始的な感情反応に基づく嘘と詭弁と悪口です。今後さらに醜くなり、最後はパニックのうちに狼狽するでしょう。
 
(シャローム)
いつでもあなたが自分で自分の歩み始めればよいことです。今週でyahoo ブログもおしまいになりますから、残り少ないこれからの時間を大事にされてはいかがですか。
Shalom!
2019/8/26(月) 午後 11:05 [ shalom ] 返信する
 
(私)
「こんばんは」「Shalom!」という挨拶言葉を書けば、丁寧な説諭を言い得たと思うようです。どちらの言葉にも相応しくない無根拠の悪口ですから、発言するたびに、罪と偽善を重ねているのです。ここまで来ると、手遅れのような気がします。
(私)
巻き添えにならないように、決して相手にしないでください。批判目的以外でアクセスしないことが大事です。世辞を言われて世辞を返したらシャロームの思うつぼです。ヤフーが終われば、別のブログで、同じことを始めるでしょう。百害あって一利なしですから、筆致からシャロームと分かれば批判も続けるつもりです。
 
(私)
前にも何度か書いたことですが、シャロームは、かつて、私に対して、1.被虐待児が大人になって虐待者になっている、2.自分に人格依存しているから構ってあげないと攻撃する、3.エホバの証人に似ている、と書いてきました。3つとも根拠のない侮辱です。
(私)
1.私の幼少期をシャロームに話したことは一度もありません。私は普通の両親の愛によって育ったと思っています。それを誇りはしませんが、シャロームは、全然知らないことからも、嘘を作り出すということを知ってほしいです。それが甘言で誘う低劣な詐欺師なのです。
2.シャロームに、依存する魅力は皆無です。依存される人というのは、その言動に何らかの魅力がるものですが、シャロームは、丁寧語と讃美言葉と聖書語を乱暴に羅列するだけしか出来ません。
それで誰もが頷いてくれると思っているのでしょう。自我の弱い人はそうかもしれないので注意してください。これは楽山や易坊にも言えることです。
3.エホバの証人について、私は、食べ物の戒律があることくらいしか知りません。
シャロームは、信仰においてさえも見栄を張る的外れですが、シャロームは、奇跡で守られていて、罪は悔い改めなくても赦されるので気にしてなくていい、という原始的なカルトのご利益信仰を語っていました。これは、シャロームの発言であり、シャロームは訂正していません。
(私)
そのことは隠しながら誘ってくるので警戒しておく必要があり、何より、近づかないことが最善です。シャロームの、やさしい言葉には、作為であり、実体はケダモノだと思っています。
 
(私)
シャロームは、キリスト教について書いてきても、讃美言葉を並べるだけなので、突っ込んで聞くことで馬脚をあらわしてきたのです。そのシャロームの信仰?は、おおよそ、人間の生き方からは、かけ離れたもので、何の救いにもなりません。シャロームというキリスト信仰など全く知らない者が、自分に都合の良いように捏造した妄想に過ぎません。シャロームは、不感不応と訂正不能の猛者(もさ)、そして、反キリストの亡者となっています。
 
(私)
シャロームは、今回「尻」という下品な言葉を使っていますが、問題は、言葉使いが荒いとか下品とかいったことではありません。シャロームは、平気で嘘を吐く男です。人間としての品格も節操もないと思います。その時点で、既に、シャロームの信仰についての発言は、詐欺師の騙し文句に過ぎないのです。
(私)
だから、理路も情緒も持ち合わせていないので、批判に対して返せないで、代わりに、コメント不承認・削除による隠蔽や、無根拠の悪口など、手段を選ばないのだろうと思います。捕らえられたケダモノの、涎を垂らしながら牙を剥いた断末魔の顔を連想させるほどの、野蛮な白々しさを、約8年間感じてきました。シャロームの、やさしそうな言葉は、全て嘘だと知ってほしいです。
 
(私)
私は最初から厳しい批判をしてきたわけではありません。シャロームに対しては、まともに答えず、はぐらかし、当てつけをしてきたことから、批判に路線を変更しました。約8年前のことです。
(私)
楽山に対しては、物わかりのよさそうな言葉面に騙されていたと分かったのは、シャロームの意見が常識的にも通らないところで、根拠もなくシャロームの味方をしたことで、信頼してはいけない相手だと知って批判をしています。
(私)
楽山&シャロームのラインは、私を、自説を強要する荒らしと見なしたいようです。では、彼らの言い分は、公共において成り立つでしょうか、否です。自己中心を勧め、実践しているところの、無罪妄想のシャロームと、アドラー教の楽山は、許可されてはいけない社会悪です。そこにおいて、批判の源泉が生じることは、必然だったと思います。
(私)
皆が信じれば社会が成り立たなくなるのが、カルトであり、自己中心は、その中心なのです。良心があるなら誰でも分かるはずの常識的判断が、楽山もシャロームも欠落しています。ゆえに、既に否定されて答えられなかった言い訳を、さも成り立つかのように、やさしい詭弁として、否定されても繰り返すしかなくなっているのです。
(私)
私は、自説の絶対的正義を主張しているのではない。楽山とシャロームの言うことが、とんでもないことだから、決して成り立たない社会悪だから、批判が続いているということです。
 
 
(2019年08月28日、同日一部修正)
 
 
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   楽山ブログのコメント欄の続き。私のコメントは、大方、記事用です。
   批判対象:楽山と、シャローム(shalom、シャロム、あなた、彼 )
 
 
今さらのように、前にも言ったような苦情を、楽山は書いてきています
 
(楽山)

>しかし、シャロームは平気なのです。何故なら、楽山と同様、自分に都合の悪いことは無視して忘れてしまうからでしょう。
 」
私の考え方はこうです。
「コメ欄を占有することなく、穏やかに意見交換しましょう
やたらと連投したり、攻撃的な発言は止めてください」
したがって、
こちらの注意を無視して、
攻撃的な発言を連投し続ける方は、荒らしとしてスルー対応が基本となります。
2019/8/26(月) 午前 7:01 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
より深く、より詳細に、コメントしようという書き方が必要だから、記事に書いたことを、ほぼそのまま書いています。その必然を作ったのは、問題だらけの記事とコメントを書いている楽山とシャロームであります。それを、コメ蘭を占有、と言い、攻撃的と言っていることのほうが問題であります。
(私)
穏やかに意見交換できる相手とは、既に、思っていません。うわべだけの正論は、もはや通用しません。(楽山の)注意を無視して・・などと言うほうが問題であり、荒らしとしてスルー・・などは、コメントを読んで理解していないことを表しています。楽山のボンヤリ言語は、作為によって、荒らし以上の害毒と見なしています。
 
(楽山)

>楽山のボンヤリ言語による世辞の交流も、シャロームの丁寧語による世辞の交流も、空気としてずっと作用しています。
 」
口では無礼講というときでも、基本的に人と人の間に礼儀はなくならないものです。
それに聖書について語る人に、唯物論的見解を披露するのを無作法だと非難するならともかく、世辞による交流だとするのは、私には理解しかねる見方です。
 
(私)
基本的に真実を曲げてきた相手に対して、礼儀は何の意味もありません。このことは、前に書いたと思いますが、またこのようなことを書いてくることが、気に入らないことを無視するアドラー教か、楽山の体質または意志、つまり、不都合忘却の結果なのです。こちらは、怒号ではないだけ、冷静に書こうという意志の表れです。
(私)
ここでも、また、被害者芝居をしている楽山です。楽山は、反省しないのだから、理解しないか、できない人、だと承知の上です。穏やか芝居の偽善があれば、それを批判するコメントが付いてくるのは当然のこと、判断は読者がするでしょう。
(私)
なお、「唯物論的見解を披露するのを無作法だと非難する」などという次元での批判はしないのです。無作法ではなく、殆どの見解において、楽山は、理路の片落ちと欠陥があることを指摘しています。理解しかねる・・というのは、私の問題ではなく、楽山の問題です。
 
(楽山)

 >楽山は、動物の本能と、人間の意志を、区別しないようです。
 」
本能は遺伝的なものだろうし、意志は遺伝的なものだけでなく、環境も深くかかわってそうです。
いずれにせよ、ドーキンスの利己的遺伝子を読めば、自分は自分の意志で判断してるのか、遺伝子に動かされてるのか分からなくなるし、
進化心理学の本を読めば、さらに分からなくなりますよ。
2019/8/26(月) 午前 7:06 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
分からないのだから、何を書いてもいい、という判断でしょうか。何を書いてもいいけれど、人間の心の問題抜きに語れない問題を、進化論で語ろうとすれば、欠落している視点について、心の問題について、指摘し批判することになります。当然、批判は付いてくるということです。加えて、楽山の、穏やかさは、今までの経過より、自己正当化の保身であるという判断です。
 
(私)
愛とか心とか信仰とかいったテーマについて、楽山、シャローム、易坊は、書けないのではないかと思っています。ゆえに、シャロームは世辞と讃美が多くなり、楽山は唯物論的思考や条文的思路が多くなり、易坊は都合の良い学問みたいな解釈を振り回して荒らしてきます。ゆえに、キャラ設定だけを分けた成りすましをも疑うことになっています。
2019/8/26(月) 午後 1:10 st5402jp 返信する
 
(私)
楽山はシャロームの味方をしています。易坊はシャロームの味方をして二人で私を攻撃してきたことがあります。シャロームのコメントが、易坊にそっくりになったことがあります。・・最も憎むべき偽牧師かつ偽キリスト者のシャローム繋がりじゃないか・・
 
(私)
他にも成りすまし疑惑は、tensobaという聖書研究オタク(キレやすい)、こうさんという仏教徒で怒って暴言する人(キレやすい)、団鬼七という世をすねた男(キレやすい)、pci****、エクゼルという易坊の友人で暴言キャラ(キレやすい)・・まで広がっています。自称ヨシュア(キレやすい)と自称マグタラ(ププ、ケラっなどと嘲笑う性格)はどうでしょう。真実は闇の中です。
(私)
皆、自分は正しい、という前提で語ってくる者たちです。これらが全部、本当に成りすましキャラなら、楽山は相当な食わせものということになります。成りすましは、ネットでは証明できません。しかし、証拠がないじゃろ、というネットの特徴を言い訳にしているなら、それは傍証にはなるでしょう。
 
(楽山)
>ゆえに、キャラ設定だけを分けた成りすましをも疑うことになっています。
これについては、私は、シャロームさん、易坊さんとは別人ですとお答えしておきます。
 
(私)
発言の信用度がゼロになっているのに、今さらのように、これを言うことに、楽山は、本気で意味を感じるのでしょうか。呆れます。
 
(楽山)
あと先に書き忘れてしまいましたが、強引な割込みは止めてくださいともお願いしておきます。
私が他の方と話をしてるときに、強引に割り込んできて、攻撃的なコメントを連投するということが、ちょいちょいあるし、これは御勘弁ください。
2019/8/26(月) 午後 9:32 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
これも、呆れた話です。コメントの遣り取りの途中であるか、一休みであるか、大方、区別はつかないものです。それを分からずに上のようなことを書いてくることこそ、独りよがりの自己中心の表れなのです。
 
(楽山)
それから、スルーの理由をさらに書いておけば、前にも書いた通り、人生観、信仰観、感性、感想などは、人それぞれだと考えるからです。
事実関係についての議論ならまだしも、人生観、信仰観、感性、感想などは、これのみが正しいとは断定できないものであるし、議論しても仕方ないです。
 
(私)
私が、自分と違うからという理由で、批判していると楽山は思っているようです。ここに至って、これですから、楽山の理解力の鈍麻が相当なものだと分かるわけです。批判している理由は、楽山とシャローム、そしてその言説が、邪悪だと判断しているからです。邪悪に、人それぞれは成り立ちません。
(私)
私は、仏教だからと、神道だからと、異教だからと、批判することはありません。皆が信じたら、とんでもない人間世界になると思うから、批判しています。だから記事には何度も、関わらないでくださいメッセージを添えているのです。カルトと言っているのは、そういう意味です。
 
(楽山)
「私はこう思う」「そうですか。私はそうは思いません」で終了です。
これについて、もし議論しようとするなら、相手に対して、「私と異なる人生観、信仰観、感性、感想を持つのは間違いだ。私と同じ人生観、信仰観、感性、感想を持つべきだ」という主張をすることになるでしょうし、私はそんなことはできません。
 
(私)
引き続き、ひたすら、楽山の理解力の自己中心と劣悪さが表れています。このように、自己中心の訂正不能は、必ず、人間関係と社会の正常な営みに、特に発展を支える精神に、停滞、鈍麻、そして、嘘、偽り、偽善をもたらします。放置すれば、カルト信仰は静かに進行し、人間を破壊するからです。
(私)
だから、楽山とシャロームは、今、怒号を浴びせられていても、おかしくはないのです。だから、冷静に文章化していると、前のほうで書きました。カルトは、広まれば、必ず、犠牲者が出ます。まだ、規模が大きくならないうちに、カルトの言説はベッタリピッタリ批判付きにしておかなくてはいけないのです。そういう覚悟で書いています。
 
(楽山)
だから、私とは異なる人生観、信仰観、感性、感想、人間観…などに基づく意見、批判については、反論の必要性はさほど感じません。
 
(私)
楽山は、よほど自分の意見について鈍感になっているのでしょう。人生観、感性、感想、人間観、批判、といったものは、いずれも、人生を左右する重大なものです。それを、批判を軽く見ている姿勢そのものが、真実追求を、趣味の軽さに貶めています。よって既に言論者失格なのです。
 
(楽山)
ましてや、stさんはご自分のコメントは「と思う」ということだと書いてたし、そういう感想コメントに、その感想は間違いだなんていちいち言いませんよ。
2019/8/26(月) 午後 9:34 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
楽山は、よほど他者の意見について鈍感になっているのでしょう。「と思う」は全部についてくることですが、楽山は、情けないくらいに、言論が分かっていないようです。楽山の精神は、真実追求の公論に耐えるものではないと思います。子どもの喧嘩レベルのことを言っています。つまり、
(私)
つまり「と思う」すなわち言論を、感想だから、間違いだなんていちいち言わない、というレベルなのです。そこで、是非について何も反応しなければ、もし皆がそうなれば、言葉とともに、真実は滅びるのです。楽山の意見は、まるで、感情も意欲もなくなった群れを正常と呼んでいるくらいの、暴論です。もうやめてください。
 
(楽山)
ところで、ブログの引越しではコメント欄は切り捨てられるという話なんで、
記事修正できなくなる前に、コメント欄を記事にコピペ保存しようと考えてます。
全部のコメント欄をそうするのは無理だろうけど、直近のやつくらいはそうしとくつもりではあります。
2019/8/26(月) 午後 9:52 [ 楽山 (自由) ] 返信する
 
(私)
楽山は、自分に都合の良いところだけ、記事にするつもりかもしれません。注意が必要です。
(私)
私は、4つのブログの記事に、できるだけ、書いておくつもりです。とんでもないのが、ヤフーから、呆れるほどのピント外れと鈍麻を抱えて、話にならない空論を、議論の装いで飾って、繰り返し宣伝するために持って来るわけですから。
 
 
(私)
キリスト者の正しさは、言動の正しさではありません。
(私)
キリスト者の正しさは、祈りと赦しが必要なほどの告白の正直さ以外ではないのです。
(私)
神の前に、キリストの御名によって祈る心得は、正しさではなく正直さであります。
(私)
神に背くような、人間としての弁えの鈍い者たちは、やたらと正しい立場を売りに出していますが、
(私)
私たち信仰者は、既に、自らが正しくないことを認めた人間であります。そのような人間が、救いを求めるところは、豪語ではなく、礼儀ではなく、美辞麗句ではなく、世辞ではなく、思い込みではなく、ただ神に対してのみ、一途に正直であろうとすること、そのただ一点においてのみ、救われる信仰者がいて、救い主がいるのです。
 
 
(2019年08月27日、同日一部修正)
 
 
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