無責任
 
   「看取りの家」頓挫 住民「日常的な死」に抵抗感
   https://blogs.yahoo.co.jp/jordan_nobita/28987332.html
    by shalom (シャローム、シャロム、あなた、彼)
 
 
下のほうにあるように、聖句の引用について、既に批判記事を書いていますが、
彼の仲良しからコメントが付いたようです。コメント欄のスクリーンショットを載せておきます。
シャロームは、相手にしないほうがよいのですが。
 
この記事には、
 

平穏な最期をどう描き、それを周囲はどう支援するべきか。計画の頓挫は大きな課題を浮き彫りにした。(貝原加奈)
 
住民側は「日常的に死を目にしたくない」などと反対の意思を表明。「看取りの家はいらない」「断固反対」などと記したチラシを周辺の家に張り出すなど反対運動を展開し、事業者は5月に開設を断念した。
 
80代の女性は「必要な施設だが離れた場所につくってほしい。見える範囲でなければあってもいいというのが正直なところ」と胸の内を明かした。
 」
 
といったことが書かれています。
 
しかし、シャロームは、聖句を2か所引用しただけです。
どう結びつけているつもりなのでしょう。これで記事でしょうか。
 
既に批判記事にしていますが
私の記事:聖句を呪いに変える?
https://ameblo.jp/st5402jp/entry-12476444081.html
http://st5402jp.livedoor.blog/archives/437616.html
https://stdsts.hatenablog.com/entry/2019/06/09/132208
https://st5402jp.blog.fc2.com/blog-entry-3079.html
(4記事とも内容は同じです)
 
シャロームが、自分の意見を書けば、妄想的な偏向になり、さらに支離滅裂になります。
それを批判して、書くべきではないと言っても、シャロームは、不感不応です。
 
良い記事を転載して、シャロームは、かっこつけたいようですが、シャロームは、身勝手な利己主義者、そして、思い込みだけの権威主義者で、自己中心ですから、それを知っている者からは、書くべきではないとしか言えません。
 
シャロームは、転載しただけではものたらず、何故か、解説もなしに、聖句を引用しています。
聖句については、解説なしでは責任放棄であり、シャロームが解説を書けば嘘っぱち、というのが今までの経過なのです。
 
反省して学習する気もなく、自己満悦感だけなら、ブログに何かを他者一般に向けて書く、という責任を負えないシャロームは、何も書くべきではないのです。
 
言論の責任を負わない者に、言論に自由はありません。
 
コメントに書きましたが、弁明も反論もできないシャロームは承認しません。
 
シャロームのことをお仲間と思っているのか、コメントが書かれて
 
スクリーンショット
 

シャローム未承認コメント4
 
「寂しい生き方から始まっている」などと、まるで、本人の生き方に問題があったかのような、書き方も内容も無礼で貧弱なことを書いています。
 
このように、シャロームは、的外れ~不穏当な発言しかできないのです。
 
社会問題、安楽氏、尊厳死、人間関係、エゴの問題とか、いろいろ絡まっていると思われる難しい問題だと思います。転載すれば、どう考えているかを問われるのです。寂しい生き方と書いて済む問題ではないのです。
 
難しい問題、どう考えればよいのだろう、といった気持ちの共感や、問題意識の共有とかが、答えをスパッと言えない人間性の共有とか、思慮のある人なら、それこそ、転載する動機として、思いつくはずです。
 
そういう思慮や共感や共有もなしに、かっこつけるためだけに引用して、宗教家気取りや、思想家気取りや、評論家気取りで、社会問題にも取り組んでいますと言いたいだけのようなシャロームには、近づかないでほしいと思います。
 
見た感じだけで、説明も問題提起も出来ないで、あとさき考えずに転載していると思います。約8年間見てきて、インテリぶりたいだけのシャロームです。
 
インテリじゃないなら書くな、ということではありません。日常の疑問でも、事件でも、感想を書く日記的記事として、普通は成立するのですが、そのための謙虚さもなく、信仰者としての敬虔もなく、罪を認めず悔い改めないで、それを指摘されても、何も考えず、反省も弁明もしないで、性懲りもなく記事だけは書き続け、説教したがるだけのシャロームだから、書くなと言っています。
 
キリスト者として付き合ってきて、シャロームという自称キリスト者そして自称牧師は、数々の嘘と詭弁の足跡しか残っておらず、自己完成の満悦感だけが目立つ人です。キリスト者としての節操をまるで持っておらず、にもかかわらず自己顕示欲だけで教えたがるのは迷惑でしかなく、キリスト者(クリスチャン)ではなく偽善が積み重なるだけの恥ずかしい存在だと思います。
 
シャロームは、社交の世辞と同じように嘘の讃美を頻りに繰り返してきましたが、それらが、神の前には全く通用しないことすら、気づかないでいるのです。シャロームは、信仰の世界を知らない偽キリスト者です。
 
 
(2019年06月10日)
(2019年06月11日、一部修正)
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
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