反キリスト、偽預言者
 
 
反キリストについて書いてある聖句を上げてみます。
 
反キリストが、キリストを装うとき、必ずしも、私がキリストだ、とは名乗らない可能性があります。そのような時には、発言や行動が、キリストから赦しを与えられる者に適っているかどうかで判断するしかありません。
 
先ず、反キリストについての聖句を上げておきます。
 
 (ヨハネの第一の手紙、口語訳)
2:18
子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。
2:19
彼らはわたしたちから出て行った。しかし、彼らはわたしたちに属する者ではなかったのである。もし属する者であったなら、わたしたちと一緒にとどまっていたであろう。しかし、出て行ったのは、元来、彼らがみなわたしたちに属さない者であることが、明らかにされるためである。
2:20
しかし、あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている。
2:21
わたしが書きおくったのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、それを知っているからであり、また、すべての偽りは真理から出るものでないことを、知っているからである。
2:22
偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。
 (1ヨハネ2:18-22、新約聖書)
 
 (ヨハネの第一の手紙、口語訳)
4:1
愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。
4:2
あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、
4:3
イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。
 (1ヨハネ4:1-3、新約聖書)
 
反キリストは、自ら反キリストだとは言わないことが多いだろう。これは、当たり前だが、
また、自らキリストだとも言わないことがあるだろう。誰だ、誰だ、と言われて、あの人がキリストだ、預言者だ、という成り行きを欲しがるだろう。悪と偽善と悪霊と悪魔性が何を考えるかを、不十分ながら、推測してみる。
 
神から出ているかどうかを、人が判断することは難しいように思われるが、人間にもできることはあり、神から出ているなら、つまり、キリストは、また、神の啓示を受けた預言者も、人間を深く理解し、人間に深く共感し、かつ、説得力があるということである。
 
こういうことだから、次のようなことが見られたら、反キリスト、また、聖なる賜物を受けていない偽預言者を考えるべきだろう。
 
01.神の啓示と聖霊の導きという神聖だけを根拠とする。他に根拠を示せない。
 
02.人間に対して説教または預言するのに、共感や思いやりなどの人間理解がまるで出来ていない。
 
キリストは、洞察力に優れているので、人間を見て、根拠を示しました。偽者は、何か言われると、聖句を並べて豪語することしか出来ない。いっぱい並べてくるが、本人が、まるで、理解しておらず、自己正当化のためだけに聖句を捻じ曲げて悪用している。
 
人間理解が出来ていないために、ただ、聞いて、信じよ、というようなことしか言えない。
 
03.柔和さを示すために、やたらバカ丁寧な言葉遣いをする。本当の柔和は、ない。そういう嘘は、訂正不能という属性に表れてくる。言い張ることに、異常な執拗さを示す。
 
04.言ってることが、人間を幸福にするとは思えない。例えば、罪は悔い改めなくても赦される、などという類など、全くキリスト信仰とは思えないことを平気で言う。罪を悔い改めない者だらけになれば、世の中は、自己中だらけになり、争いが絶えないだろう。
 
05.キリストを自称しなくても、反キリストは、神に対して恐れを知らない偽預言者でもある。
 
人を惑わすような嘘を平気で吐いて、悔いることがない。また、いかなる食い違いを来たしても、そののち、何も気にしていない。都合の悪いことは忘れてさえいる。
 
06.隠蔽・偽装・改ざん。
 
偽預言者は、まるで、整っていないために、不都合なコメント削除したり、過去の言動のデータを、削除したり、なかったことにしたり、その主旨を捻じ曲げたりする。
 
07.得意顔が目立ち、勝つことを目指し、打ち負かすことを目的とし、手段を選ばず、だんだん、言葉が汚くなる。やたら、讃美する。やたら、神の復讐を願ったり、そういう聖句を引用しまくる。
 
キリストも、預言者も、そして、キリスト者も、勝つことを目的とせず、打ち負かすために動くこともない。永遠に、勝利者は、神だけだということを知っているからである。
 
08.批判することができず、やたら、悪口を言って、おとしめてくる。
 
悪口は、根拠が無いことが特徴で、根拠を示す批判と区別される。個人情報をバラすことも平気でやってのける。行き詰まると、少しずつ、狼狽と悪意が目立ってくる。
 
09.言ってることに深みがない。月並みな讃美言葉を大袈裟に豪語する。発言の中身がどうでも、熱心ですね、と思われることを狙っている場合がある。
 
10.大袈裟であるうえに、ですね口調が目立つ。それでも受け入れない者を、次には罵り、豹変に近い怒気を感じる場合もある。
 
Ⅰ1.基本的に、自己顕示欲の固まりであり、信仰?を宣べ伝える聖なる自分を夢想し、陶酔して讃美したり、ありふれたことを言っているだけなのに、上から真理を伝えたつもりで悦に入る。
 
12.聖霊体験、異言体験、などを振り回す。
 
大方は、自己暗示による自己陶酔気分に過ぎない。愚かにも、競争心がある場合がある。一方、本当に、聖なる御方に触れた者は、神を恐れて、身を慎むので、体験を振り回すことはない。
 
上の1~12によって、内実がないことが分かるだろう。ちなみに、本人は、何を指摘されても、弁明の余地がなくなっても、逃げ出して、ほとぼりが冷めるのを待つこともあるが、極めて不自然であり、また、ときには、なお、言い張ることを止めないことも多い。
 
13.疲労させて、相手が去ってゆくのを待つことがある。偽者は、いい加減なことしか言わないので、殆ど疲労しない。疲労比べでは、信仰者および批判者のほうが犠牲になることがある。
 
 
(2020年01月10日)
 
2019年のままになってる記事を発見して、慌てて2020年に訂正しました。(汗)
[2020-01-09-17:50]
 
 
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