アドラー教について(25)
 
  2019-03-12
 これを読めば嫌われることを幸運だと思えるようになれます
 名著「嫌われる勇気」で有名になったアドラー心理学ですが、多くの人達はこのタイトルであ る「嫌われる勇気」のイメージの通りにアドラーは嫌われることを推奨する人物なのだろうと 思われていると思います。
https://www.adlersalon.com/entry/2019/03/12/%E5%AB%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E4%B8%8D%E5%B9%B8%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%8F%E5%B9%B8%E9%81%8B
 
 
焼きが回ってきたのか、乱暴な理路で、煽動に近くなっています。
 
このタイトルは少し誤解を招いてしまっており、嫌われる勇気というよりは本質的には嫌われることを怖れない勇気を持つことをアドラーは推奨しております。
本記事では、多くの人達が洋の東西、時代を問わずに悩まれている人から「嫌われる」ことについて、アドラーの観点から気にならなくなる考え方をご紹介させて頂きたいと思います。
 
他者を気にしなくなることが、他者との付き合いにおいて、自分の不利益という自分の課題になることを考えないのでしょうか。
 
あなたは今まで「こんなこと言ったり、やったりしたら嫌がられて嫌われてしまうかも…」なんて心配しては自分を押さえ付けてしまったご経験を何度もしてきたと思います。
 
嫌われることを嫌って自分を抑えるのではなく、自分に不利益として返ってくるから、ときに自分を抑制することがあるということでしょう。
 
もちろん、人は1人では生きていけませんし、組織などの複数の人間が集まるような場所では、マナーを守り時には自分の言いたいことや、やりたいことを我慢して周囲の人達に合わせなくてはならない時もあります。
 
気にするな、の後に、気にするべき時もある、という、こういう言い回しを逃げ口上というのではないか。
 
ただ、何も考えずに嫌だけど仕方ないからと他人に合わせたり、周りに無定見に流されてたりしてはいけません。
 
ここで、合わせない、気にしないのは、何も考えずに盲従するときだという但し書き、いい加減なしるしだと思います。自分の時間を割いて人に従うときに何も考えない人がいるでしょうか。
 
アドラー教の教えは、突き詰めて純化して徹底することが出来ないという、教えとしての決定的な弱点があることをブログ主が示しているのです。
 
誰かに嫌われないようにすることは、誰かに認めてもらおうとすることと同じですし、認めて欲しいという承認欲求に強く持ち過ぎてしまうと他人の人生生きることになってしまうとアドラーは警鐘を鳴らしました。
あなたでないと満たせない、あなた自身の気持ちを満たすことは難しくなります。
嫌われることを怖れると、こんなデメリットまであるのです…
 
承認欲求を否定してきた手前、このように、限られた場合を、承認欲求に結び付けて、一生懸命一般的に見せかけようとしています。
 
アドラー教はアドラー教の教えを絶対の一般法則のように見せかけていますが、嫌われる勇気も、承認欲求の否定も、こちらのほうが限られた場合でしかないということです。
 
ケースバイケースの上に共有されるのが一般法則と言うのでしょう。嫌われる勇気は一般法則ではなく、嫌われることを恐れてはいけない場合もあるということです。
 
つまり、嫌われる勇気という言葉を一般法則化することは間違っています。言葉は、そんなに甘くはなく、無責任に言い切ってしまうと、自己中の勧めになったりとかの、誤解や曲解による弊害が出てくるのです。
 
また、アドラーは課題の分離を提唱しており、これは他人と自分の課題を分離して、他人が自分をどう思うのか、他人がどう生きるのかは他人の課題であり、それに対してこうするべきだ、ああするべきだと指図をしたり、悩んだりすることは自分の課題では無いので本質的に無意味である。
よって、自分の課題に専念して他人に自分の課題への介入を許さず、自分からも相手の課題には介入しないようにしましょうという考え方です。
 
はっきり言って、課題の分離は不可能です。これもケースバイケースになるでしょう。何故なら、自分の課題に他者が含まれることが多いからです。
 
このように教えの言葉だけを紋切り型に、全部に当てはめようとすると、教条主義の罠に嵌ることになります。課題の分離が自己中ではないという説明は一度も成り立っていません。言葉が同じなら自分の考えや区別もそのまま伝わる、という安易な思い込みの弊害なのです。
 
このアドラーの課題の分離に則れば、他人が何を言ってきても、どう勘違いしてきても、嫌ってきても、それは相手の課題なので自分ではどうにもならないので割り切りましょうという考え方ができます。
 
則(のっと)りたいようですが、他者が何かを言ってきたとき、勘違いしてきたとき、嫌ってきたとき、分別として、弁明をしなくてはいけない場合があります。でないと、話にならないと見なされ、他者のほうが、無視して、こちらをさらに不利な立場に追い込むでしょう。何を教えているのでしょう、どう責任を取るつもりなのでしょう。
 
ただ、どうにも無視されたり、嫌そうな態度を取られるのは気持ちの良いことではありませんし、これに悩まされることを完全に無くすのは難しい…と思われる人は多くいらっしゃいます。
そこで、こんな考え方はいかがでしょうか?
マナーを守った上で、あなたが自分らしく振舞っていて、それであなたを嫌うような人達は、そもそもあなたとは合わない人達と捉えることもできます。
 
他者を気にせず、他者を無視する段階で、既に、マナーに反していると言われても仕方ない場合があり、そのマナーの基準は、相手の基準として、相手が決めている場合があるということです。
 
自己中心にばかり考えていると、じゃあ、マナーを守ったうえで、などと、曖昧な前提で、解決したような気になるのでしょう。その場で取り繕った感、満載ですね。
 
どう誤解されても、嫌われても、それで相手から離れていってくれるのなら、むしろこれはあなたの幸運でしかありません。
あなたが苦手な人、これからあなたを苦手になろうとしていた人の方から離れてくれているのですから。
 
嫌われる勇気らしいことを言って、幸運だと言っています。言い切るほどの一般性などない発言です。相手が離れてゆくことは、仕事がなくなることと結びつくことを考えないのでしょうか。無責任だと思います。
 
結局は、対人関係の分析力が問われることばかりです。様々な人間関係の場合の数の多さを考えると、逆説的格言的な言葉の歯切れの良さだけでは解決しないと思います。
 
あなたが自分らしくしていて、そんな自分を嫌ってくる人となんて、そもそも仲良くなりたいですか?
あなたを嫌う人に嫌われても、あなたは何も困る事はありません。
 
自分らしく?・・って、それが分かれば解決と言っていいほどの、ずっと、答えを求めているテーマではないでしょうか。突き詰めれば、人間関係での自分らしさ、ということになるでしょう。それに、全体のテーマは、仲良くなるという話でしたでしょうか。友達作りの話だったでしょうか。
 
生きるという大きなテーマではなかったでしょうか。手を変え品を変え、言い方を変えて、自己の言い分を正当化しようとしていることを見逃さないでください。
 
>無視されたら、無視し返せば良いのです。<
 
ヤケクソみたいに、目には目を、みたいな返し文句を勧めています。無視されることを、できるだけ、避けることを考えないのは、机上でブログ上で言い放って終わりという無責任だからではないでしょうか。
 
アドラーは他者との相互理解が幸福への道だとしていますが、世の中にはあなたを傷つけることを目的としてあなたに近寄る人間が少なからず存在します。
 
ここで、付き合い方一般から、極端に悪い他者の例をぶち込んできました。まるで理路に一貫性がないというべきでしょう。
 
どんなにあなたが頑張っても、相手にその気が無いのなら分かり合うことなんて不可能です。
分かり合えない相手と分かり合おうとして、振り回されてはいけません。
 
ブログ主は、どう頑張れと言ったでしょう。上のほうの"自分らしく"という曖昧な言い方は、頑張ったことになるでしょうか。教えを強引に、一般則に持ってゆくための詭弁の誘導のようです。
 
要するに、自分らしくして嫌ってくるような人とは上辺だけでお付き合いしておき、自分らしくしていて嫌ってくるような人と仲良くなる意味は無いので、気にかける必要は無いという考え方をすれば「嫌われることを怖れない勇気」が手に入るのではないでしょうか?
 
ここで、うわべだけお付き合い、という、とてもいい加減な付き合い方を教え始めました。そして、気にかけるな、というのですが、はたして「嫌われることを怖れない勇気」を、何かの極意のように、手に入れたいと思うでしょうか。
 
一貫性もなく、一般則にもならないで、最後は乱暴な煽(あお)りになっていると思います。
 
 
学んだこと:
 
入力なしの出力で養われるのは強情だけだ。
 
 
(2020年03月28日、同日一部修正)
 
 
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