戦争の時代
 
 
私は、戦争を経験していません。1954年生まれで、「戦争を知らない子供たち」の世代です。
 
私の父は熊本が本籍で、母は静岡で生まれた日本人ですが、父は、今の韓国の仁川(インチョン)で生まれたそうです。そして、父と母は、中国の青島(チンタオ)で出会ったそうです。つまり、そういうことが可能になる時代に私の親は生きていました。
 
二人とも直接の戦闘には遭遇してはいないようですが、父と母は、別々に、引き上げ船で、大陸から日本に帰ってきました。私の両親は、日本が、朝鮮と中国を侵食していた時代から、戦中戦後を生きてきました。
 
だから、私は、子供の頃から、戦争のことや、戦後の酷いインフレや、貧しい暮らしの話などを、親から聞いていて、そのために、テレビの、戦争の特集や番組も、わりと見るほうだったと思います。
 
だから、政治家というのは、必要悪であり、基本的に、信じてはいけない人で、批判か皮肉か風刺の対象になることが多い人々という印象を持っていました。事実や報道は、それを裏切らなかったような気がします。
 
 
しかし、現在、40代、および、それ以下の人々は、親も戦争を知らない世代であります。恐らく、親からも、戦争の話を聞いたことはないのではないかと思います。
 
 
そして、平和が、当たり前に続くもので、戦争は、遠い昔の話になっているのではないかと思うことがあります。その若い世代にとって、戦争は、活劇以上ではなくなっているのではないかと思うこともあります。実際、私なども、戦争を活劇のように見ていた部分もありました。
 
上記の若い世代は、戦争を、殺人が日常的に起こる悲劇として見る視点を持っているでしょうか。SF、アニメ、ドラマ、映画などと同じような、アクションの視点で見ていたりしないでしょうか。
 
私が幼児から子供の頃は、ちょうど映画の「三丁目」の時代になります。子供のとき三輪車のミゼットを実際に見た記憶があります。月光仮面からウルトラマンまで、裕次郎や、若大将の時代でもあり、1950~60年代です。私は、怪獣映画が大好きでした。
 
75年前、私も生まれていない時代に、日本は、ほぼ廃墟となりました。75年というのは、平均寿命より短いわけです。僅か人の一生にも満たない時間のうちに、国が壊れ、国が変わったのです。また、逆方向に変わらないと言えるでしょうか。
 
歴史は繰り返すと言われ、また、歴史は繰り返すようで繰り返さないと言われます。私は、歴史は繰り返さないが繰り返すように見えるところもあるなどとも思っています。
 
美辞麗句を、やさしい顔で語るだけの政治家はいないでしょうか。
 
皮肉を言いますが、昔、プクチノジージツという鳥の鳴き声を聞きました。福祉の充実という選挙運動のスピーチでした。福祉のことは、前にも後にも、その一言だけでした。言っとかなかきゃということだったのでしょう。
 
今の親世代は、いい言葉を、いい意味に受け取るように教えてはいないでしょうか。若い世代は、男女や人間関係の糸をどう絡ませ、どう解いてゆくか、という話に偏ってはいないでしょうか。
 
美しい、正しい、ということが、目標ではなく、無条件の前提になってはいないでしょうか。
 
忘れれば忘れるほど、戦争の時代は、国民にとって未体験になって、悲劇的な事実の迫真性が欠けてゆき、威勢のいい活劇の声となって、大声で吹聴されてゆくでしょう。
 
世界の目まぐるしい政治の変動によって、戦争をめぐる事情も目まぐるしく、そして、世界では、戦争が実際に起こっています。外国の戦争のニュースは、人がたくさん殺し合って、たくさん死ぬという、警察が役に立たない事態のニュースであります。警察より組織・結社・軍隊が物を言う時代かもしれません。
 
気づいておられるでしょうか。世界には、独裁、あるいは、それに近い政治体制が、以前より多くなってきています。
 
自己中で身勝手な、妄想家、詭弁屋、偽善者、カルト、嘘吐き、詐欺師、などが闊歩しやすい時代は、無理が通りやすい時代であります。きれいごとでごまかす者が生きやすく、真実の追求が滞ってゆく時代でもあります。それは、隠し事が疫病のように蔓延する時代でもあるでしょう。
 
 
政治でも宗教でも思想でも、イデオロギーは、心の面倒を見ません。
 
イデオロギーの概念は、言葉を繰り返すことが主体となり、心が疎かになりやすいのです。
 
イデオロギー化すると、教条主義に似て、安易に言葉を覚えて思い込む方向に流れやすく、言葉の字面のみで固定されやすく、人間の心から乖離する固着と暴走の傾向を生みやすく、それで正しいと思い込みやすい傾向があります。つまり、イデオロギーは、自己正当化しやすいのです。
 
悪い時代が繰り返さないのは、悪い時代があったという認識が生きている間だけです。
 
悪い時代が繰り返されないのは、悪い時代にしないための警戒心が生きている間だけです。
 
悪い時代が繰り返されないのは、国民が、皆、具体的に政治活動をするのでなくても、国民が、安穏として油断すれば、国というものには、戦争に近づく危険性が常にあることを、それは徐々に進行するという可能性を、国民が、忘れないでいる間だけなのです。
 
 
(2020年09月02日)
(2020年10月28日、一部修正)
 
 
私の「ウソの国ー詩と宗教」ブログ:
 
https://ameblo.jp/st5402jp/
https://stdsts.hatenablog.com/
(古い記事は載っていません)
 
https://st5402jp.blog.fc2.com/
http://st5402jp.livedoor.blog/
(古い記事もインポート済み)
 
https://twitter.com/st5402jp
(ここは、たまにブログ記事をリンク)
 
 
https://poem.blogmura.com/darkpoem/ranking.html  
にほんブログ村 ポエムブログ 暗い詩へ(文字をクリック)]
https://philosophy.blogmura.com/christian/ranking.html
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ(文字をクリック)]
 
ブログランキング
https://blog.with2.net/rank4482-0.html